1      Clover
 
 
 
怪盗というのは、日記や記録をつけるのが好きなのだろうか。
 
如何にも日記です。という風体の冊子に目をとめて、そう思った。
 
ルパンのじいさんの日記が何度か俺たちに、過去の確執の原因を教えてくれたり、または盗み損ねた苦渋を記し、ルパンがその雪辱を晴らし(あまり実のない)お宝を手に入れた事も多々ある。
 
 そして、今、ここにあるのは、ルパン三世の日記だ。
 
 しかし、ルパンの怪盗日記なんて、正直に書いていたりしたら散々たるものだと思うぜ?
 
 なんせ、3回のうち2回は不二子に裏をかかれて利用されて・・・
 
まぁ、実になることはないから。
 
それでもルパンが悠々自適に生きていけるに十分な蓄えと、稼ぎを目論んでいるからこそ、不二子を交えて楽しい・・・俺に言わせればイカれたゲームをしているのだということも理解はしている。
 
理解はしているが、俺の感情は穏やかではいられない。
 
 さて、俺は思考を目の前の日記に戻すと、どうしたもんか。と首をかしげる。
 
このまま、ルパンに頼まれていた本だけを手にして戻ればいい。気になるなら、また後で・・・と言う手だってある。
 
 他人の日記を見るのは、よくない。
 
 それは分かっている。
 
 だが、ルパンも、これはいづれ誰か・・・自分の子孫に読まれていることを前提に書いてるに違いないのだ。
 
だから、俺が読んでも、問題は・・・ない?
 
 良心の葛藤。
 
 手にとって戻して。を繰り返す。
 
「次元〜?」
 
 がちゃり。
 
 呼ぶ声が聞こえたかと思うと、扉が開き、
 
「資料の載ってる本、まぁだ見つかんないのか?」
 
 書斎・・・というよりは本の倉庫という感の、埃っぽいこの部屋にルパンが入ってきた。
 
「う。いや。まだ。うわっ。」
 
 あわてて、日記の背にかけていた指を引いたため、日記が本棚から落ちてしまう。
 
「んだよ。ぜんぜん俺が言ったのと違う棚を探してるじゃないか・・・って、あ。それ、俺の日記?」
 
 ルパンの口調は決して責めるようなものではなかったが、疾しい気分の俺は充分動揺してしまう。
 
「別に、見てなんかいないからな。それに、読まれて困るものはこんなとこには置かないもんだ。」
 
 努めて冷静を装いながら、ゆっくりと本を拾い上げると、ルパンに本を差し出す。
 
「つーか、みても、読めないでしょう、次元ちゃん。読める?」
 
 にやり。
 
 と、からかうように笑って俺に日記を押し返す。
 
「読めるか・・・って?はんっ。確かに、お前の汚いミミズ字なんて読めないかもしれないな。」
 
 俺は、唇の端を吊り上げて笑って見せた。
 
 開いてみろ。
 
 相変わらず楽しそうな表情をしているルパンの無言の指示に、俺は、適当なページを開いた。
 
 字が汚いから読めない。とかの問題ではなかった。
 
 ところどころ、Jigenとか Goemon、Fujiko 
 
Zenigataという文字や、懐かしい・・・というべきか?
 
敵の名前が出ている以外は、俺には理解ができない。英語で書いてある日記のページはちょっとは分かるな。
 
 ルパンはどうやら、日記は、仕事をした場所の言語を使って書いているようだ。まったく、よくまぁここまでの言語を操るもんだ。
 
 ふぅ。
 
 俺は、降参というようにため息をつく。
 
 その様子を実に楽しそうに見ているルパンが小憎らしい。
 
 せめて日本語のページがないか。と未練たらしくぱらぱらとページを繰る。
 
 日付的に日本で仕事はしてないことは分かってはいたが・・・。
 
「あれ。これ・・・。」
 
 ページのめくり具合が他のところと違うので、俺は戻ってみた。
 
違和感の元は一枚のクローバー。
 
少し色あせた緑のハートが4枚くっついている・・・が挟まっていた。
 
 日記は、どうやらドイツ語で書かれているので、ルパンがどのようなことを記したのかは分からない。
 
だけど、そんなことはどうでも良くて、俺は、このクローバーをルパンが日記に挟んで、取っておいてることを意外に思い、そして嬉しくなる。
 
 公園の草原で昼寝をしていた時に偶然見つけた四葉のクローバーを持ち帰り、不二子にデートをすっぽかされて、ふてくされていた世界一不幸だという態のルパンに「幸せを呼ぶんだぜ?ルパンにやるよ。」と笑って、何の気無しに差し出したんだ。
 
「次元?」
 
 俺を訝しむように、ルパンが日記を覗きこんできた。
 
「うぁっ。」
 
 妙な声を上げて、瞬時に俺の手元から日記を奪い取る。
 ちらり。と、ほんの少し気まずそうに俺の顔を伺う。
 何も言ってくれるな。というその表情に俺は、無言で応えてやった。
 
「さて、仕事の計画の続きやろうぜ。」
 
 何事もなかったというように、かすれた口笛を吹きながらルパンは扉に向かった。日記は抱えたままだ。
 
「なぁ、ルパン。」
 
 俺は、その背中に声をかける。
 
「ん?」
 
 ぴくり。と肩が動き。細い背中が立ち止まる。
 
「・・・いや、なんでもない。」
 
 幸せか?
 
 なんて、聞くのは野暮だ。
 
 迷信の、おまじないみたいなものだけど、俺はお前に、幸せで居てほしいと思う。
 
 一見、底抜けに明るくて、馬鹿でドジで悩みもなさそうなお前が、本当は孤高で壊れそうな魂を持った人間だと知っているから。
 
 懐からタバコを取り出し、火をつけると、立ち昇る紫煙の匂いを嗅ぎ付けて振り返ったルパンが俺に歩み寄る。 
 
俺の口からタバコを取り上げ、 
 
「書斎は、火気厳禁。大切なもんが置いてあるんだからな。」
 
 にやり。
 
 薄い唇の両端を持ち上げて哂うと、そのまま自分の口にくわえて出て行ってしまう。
 
「・・・幸せだよ。」
 
 照れを含んだルパンの声が聞こえたように思えたのは、俺の気のせいだったろうか。 
 
 
 
Fin 20040422
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
次ル&ル受けサイト「ゼロよりも少ない始まり」(現在名:WHO IN SIDE)様 なおぞうさんの書かれた、2004年度6666ヒット記念作品です。この度サイト開設記念に頂きました。キリリク制でないにも関わらず、当時ご好意によってキリ番リクエストを聞いて書いて下さいました。ありがたき幸せ、と管理人のリクしたテーマは「贈り物」。ほしい物は何でも自分で手に入れられるルパンに、もし次元が贈り物をするとしたら、どんなシチェーションの時に何をあげるんだろう、というのが見てみたかったんです。先ほどまで余裕綽々だったルパンが己の純な部分に触れられたとたんに慌てふためくのが微笑ましかったり(笑)「大切なもん」って、次元のルパンを想う気持ちそのものなんだろうなと思ってみたり。なおぞうさんは次元の一人称を書かせたら、天下一品の腕をお持ちです。次元の気持ちに感情移入がとてもしやすいの。なおぞうさん、ありがとうございました 更新日時:2005年10月17日