1      ジャパネスク1
 
 
 
 
 
 
 
これは古来幾重の日本とよく似て非なる国の物語です。
 
 
 
 
 
梅や桜が咲き乱れ、天下泰平。戦もない小さな御国、「るうけ」。
 
この国を治めているのは五右ェ門という若く美しい貴人でした。
 
貴族でありつつ、好物はたくあんに梅干と庶民的。
 
更に趣味は滝に打たれる事、という変わり者でとにかく金がかからない。
 
お陰で税金の増える心配もなく、お人よしでバカ正直だから悪い政治もしそうにない、よかったね。
 
という訳で、庶民から大変愛されておりました。
 
ただ五右ェ門には唯一の困った点がありました。
 
やたらと女に惚れっぽかったのです。
 
 
 
 
五右ェ門には正室に不二子という妻がおりました。
 
五右ェ門はいつもその正妻の不二子の尻に敷かれておりました。
 
今日も御殿ではにぎやかしい、妻の我侭が聞こえて参ります。
 
 
 
 
「五右ェ門!もっと御洒落が楽しみたいわ。舶来の飾り物を私の為に手に入れて頂戴!」
 
「五右ェ門!そんな精進料理みたいなんじゃなく、カステイラとかテンプーラとか、南蛮料理も食べたいわ!」
 
「五右ェ門!いつもいつも修行ばかりしてないで、たまには鼠楽園とか、六本木丘陵とか、面白いとこに連れていってよ!」
 
「不二子殿〜〜、そなたも、もう少し奥ゆかしくはなれぬものか;」
 
 
 
 
困り果てた五右ェ門が言うと、不二子はこめかみに血管マークを浮かび上がらせて反撃に出ます。
 
「なあに。紫とか奈美姫とか、はては倉栗鼠とかいう渡来人まで、ガキんちょだらけの側室を並べまくって、まだそんな事言ってるの。だからあなたは隠れろりこんだなんて言われるのよっ」
 
 
 
ぐさ。
 
 
 
一番痛いところを突かれた五右ェ門でしたが、言い返す事も出来ません。
 
そんな『ろりこん疑惑』の五右ェ門でしたが、何故、不二子の様な女性と結婚したかというと。
 
「出会い系恋文で出合った頃はそなたは藤波吟子とか申して、聡明で静かな女子だったものを・・・」
 
ちょっぴり過去を懐かしむその顔に向かって
 
「なによ五右ェ門。ああいうとこじゃ最初、運転名を名乗るのが常識でしょ。それに今の私は知的じゃなくうるさいって言うの?」
 
妻の不二子は長く伸ばした爪をゆらゆらと翳してみせます。
 
「あ、いやいや、そんな事は決して・・・;;;」
 
「キ―――ッ!くやしい――――ッ!!」
 
 
 
 
ばりばり。
 
 
 
 
「ギャア――――――――――――ッ!!」
 
翌朝五右ェ門の顔には、ちびまるこちゃんに出てくる様な縦線が一杯つけられているのでした。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「お出かけでございますか」
 
その五右ェ門に庭先から声をかけたのは、五右ェ門おかかえの武士、次元でした。
 
次元は渡来人から手に入れた鉄砲の腕を見込まれ、五右ェ門の先代からの用心棒として御殿に出入りを許されてる者でした。
 
「うむ。妻の機嫌を損ねてしまい、不二子は一人で3泊4日女人割引の温泉旅行に出かけてしまった。帰って来るまでにあやつが気に入るような贈り物を探してこねば、拙者は生きた心地もせぬ。街に出る」
 
「またですか」
 
あんな女のどこがいい、と次元はいつも思っているのですが、勿論そんな事口にしません。
 
何故なら、次元には既に幼馴染の可愛い恋人が村に居て、彼女以上にいい女など居るわけがない、とジェラルミンよりも固く信じていたからです。
 
牛車で数人のお供を連れて街に出た五右ェ門を見ると、次元は無性に恋人の「ルパン」に会いたくなりました。
 
土産といえば次元にだって、ルパンの為に一生懸命街を回って買ってきたものがあるのです。
 
何となく気恥ずかしくて渡しそびれていたのですが、次元はそれを見て喜ぶルパンの顔を、急に見たくてたまらなくなりました。
 
そこで五右ェ門も不二子も留守なのをいいことに警備を後輩達に任せ、贈り物を持ってそそくさと村へ向かいました。
 
 
 
 
 
 
 
 
「とっつあん、おかゆが出来たわよ」
 
「いつもすまないなあ」
 
次元の恋人のルパンは、怪我で療養中の父親の面倒をみる、優しい娘でした。
 
「それはいわない約束でしょ♪」
 
ルパンはおかゆを父親の銭さんの口元に持っていきます。
 
「はい、あ〜〜〜んvv」
 
「よせよ、恥ずかしい。自分で喰える」
 
年頃になった娘に顔を赤らめる父親の姿は親子でありながら、いい加減バカップルのようにすら見えます。
 
そしてそんな二人にじっとねちっこい視線を絡ませ、ブスリといじけた姿で小石を蹴っているのは・・・。
 
「あらあ次元ちゃんでないの!わわ、どーーしたの、お仕事中じゃなかったの?」
 
滅多に会えない恋人の姿に、ルパンは銭さんの口元まで来たお匙を放り出すと、飛び出していきました。
 
「よお、ルパン。いや何、ちょいと渡したい物があって立ち寄っただけだ・・・」
 
次元は後ろ手に回した小さな箱を中々出せず、もぞもぞと玩んでます。
 
ルパンの好奇心に輝く黒い瞳はすぐにそれを見つけてひょいと手を伸ばしました。
 
あっという間に箱はルパンの手の中です。
 
「ば、ばか。こそ泥みたいな真似すんじゃねえ」
 
ルパンはくすくす笑うと上目遣いに次元に聞きました。
 
「開けていい?」
 
「ああ。もう好きにしな」
 
次元は日よけ笠で自分の眼と赤らんだ頬を隠しました。
 
 
 
 
箱の中から現れたのは・・・。
 
 
 
 
決して高価ではありませんが、可愛らしい桜の花簪が入っていました。
 
「ほら、いつか花飾りの簪が欲しいとか言ってたろ。たまたま似合いそうなの見つけたんで買ってきたんだ」
 
「可愛い!これ俺にくれるの?嬉しい!愛してるわよ、次元ちゃん」
 
ルパンは大喜びで次元に駆けよると、ガバッと両腕を彼氏の首に回してぶら下がり、ちゅーちゅー接吻をし始めました。
 
「やめろよ暑っ苦しい」
 
次元は本当は嬉しくてたまらないのですが、つい照れくさくて、意地悪な事を言ってしまいます。
 
それでもルパンが接吻をやめないので、次元は軽く笑って溜息をつくと、ルパンの髪をくしゃりと撫でました。
 
「そら、いい加減じっとしてな、つけてやるから」
 
次元がじゃれ付くルパンを座らせ、ルパンは大人しく首筋を恋人に向けました。
 
ルパンの短い髪に小さく垂れ下がった桜をかたどった髪飾り。
 
 
 
 
 
 
 
ルパンは簪を触ったり、何度も
 
「どう、似合う?」
 
を繰り返します。その度次元は
 
「ああ、似合う似合う」
 
とずっと答え続けます。
 
貧しい二人は鏡も持っていませんでした。
 
しかし次元の言葉はルパンにとって、どんな鏡よりも信じられるのでした。
 
「とっつあんにも見せてあげよっと。きっと更に美人になった俺様にまた赤くなっちゃったりなんかして」
 
ルパンが立ち上がると次元の目つきが険しくなります。
 
「おい、いつもそうやって他の男にも色目使ってるのか?」
 
「バッカだなあ次元ちゃんたら。ひょっとしてとっつあんに嫉妬しちゃってんの?あれは父親でやんしょ」
 
「・・・・・・けっ・・・」
 
判ってはいるのですが、どうしても次元には二人が妖しい関係の様に思えて仕方がない時があったりして早く銭さんにお迎えが来ないかなあ、等と思ってたりもするのでした。
 
ところがこの銭さんは村一番の頑強者で、何故かそれこそ今まで死んでもおかしくないような事故や事件にばかり巻き込まれているのに、御器かぶりの様な生命力で生き続けているのでした。
 
 
 
 
 
 
「おーーい。何時まで外にいるんだ。誰か来たのか?」
 
銭さんの声にルパンが家の入り口まで走り、自慢げに髪を彩る簪を見せます。
 
「見て、とっつあん。俺の愛しい次元ちゃんが、俺にくれるって買ってきてくれちゃったのよ」
 
次元は渋々挨拶に家の側まで歩いていきます。
 
「なんだ、次元か」
 
開いた戸の向こう側に娘の恋人の姿を見た銭さんは、不愉快そうに口を曲げました。
 
「帰れ。うちの娘は渡さんと言ったはずだ。武士の嫁になぞさせん。ワシの仕事を継いでくれる者でなくてはな」
 
銭さんは錠前屋でした。
 
『投げ手錠』をはじめ、数々の独創的な錠前づくりには定評があったのですが、お弟子さん達はあまりの銭さんの指導の厳しさに、尻尾を巻いて、へーーこら逃げ出してしまうのです。
 
「とっつあん、ゴメンね。ちょっとだけ次元ちゃんとデートしてくるわ。いこvv、次元ちゃん」
 
ルパンは次元の腕に絡みつき、頭をコツンと肩に乗せて、いそいそと歩き始めました。
 
「お、おい待たんか。待て、待てルパ―――ン!」
 
その声が聞こえると村人達は、ああまたか、と思ったりするのでした。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「ううむ。どうも良き土産が見つからん」
 
五右ェ門はその頃、怪しい骨董市を覗いておりました。
 
「不二子殿は派手で実用的で、浪漫チックな物が好きなのだ。そういった物はないか、店主」
 
聞かれた老人は答えます。
 
「ほほお、奥方はO型ですかな」
 
「血液型なんか関係あるのか」
 
そんな実も蓋もない会話ばかり続いて、一向に買い物がすすみません。
 
「私は占いもやっておりましてな。実はウチには斬鉄剣という妖剣がございまして。これは不吉な予兆があると曇り、持ち主が幸いをもたらす物に触れると輝きを増す、という不思議な剣でございます。あなた様の申される不二子とかいう奥方様のお話を伺って見てますと、残念ながら曇りが出ております」
 
「なんと。ではそれがしの結婚は失敗だったというのか」
 
別れたいと何度思っても妻のペースに巻き込まれてしまい、結局妻が心配で放っておけなかった五右ェ門ですが、それを聞いて、ちょっぴり離婚を考え始めました。
 
「しかし、曇りのち晴れ、と出ております」
 
「天気予報みたいだな」
 
「ですが、何があなた様の晴れを示す物かは判りません。全てはこの剣に聞いてみないと。如何です、五右ェ門様でしたら、幾らかでお譲りしてもふさわしき剣だと思われますが・・・?」
 
「ううむ」
 
五右ェ門は鈴付きの巨大がまくちを広げると、決心したように言い切りました。
 
「頂こう」
 
「まいどありい」
 
その姿を見ていたお供たちは、五右ェ門には羽毛布団や英会話や浄水器の勧誘員だけは近づけさせまいと誓ったのでした。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「おいこら、返せよ。俺はそろそろ職場に戻らないと」
 
「やあだよう。もっと一緒に居たいの!取り返したかったら、捕まえてごらんなさ〜〜〜い♪」
 
ルパンは次元の持ってきた日よけの笠を持って土手を駆け下りておりました。
 
くるくると笠を両手に持って自分で被ってみたり、いないいないばあをしてみたり、口元を隠してクスクス笑ってみせたり。
 
次元はそんなルパンを見ていると可愛さのあまりしんぼーたまらず、草に押し倒したくなるのですが、ルパンは次元がそんな狼くんになっている事なぞ知りません。
 
そんな基本が天然受けのルパンだからこそ、次元はどこまでが誘いうけだか判らず手が出せず、世間の婦女子達に『へタレ攻め』という有り難くないリング・ネームまで貰っているのでした。
 
「つかまえたっ」
 
ついに次元が土手ッ原でルパンに襲い掛かり、押し倒しました。
 
やったね、次元!
 
「やあん。次元ちゃんのばかあんvv」
 
ルパンはちょっと頬を染めて、上目遣いに次元を見ていましたが、やがて口付けを待つ様に、そっと瞼を閉じました。
 
「ルパン・・・」
 
次元の重みがルパンの身体に加わっていくその時・・・。
 
「あら?あらあらあら――――――っ!!」
 
二人は自身のその重みで、ジェットコースターの様に土手を滑り降り始めました。
 
「わ―――――――――!!」
 
 
 
 
ガン☆!
 
 
 
 
「痛え!!」
 
途中の木の枝に額をぶつけた次元はひっくり返り、大の字になってのびてしまいました。
 
「やだっ、怖い。次元ちゃん、たすけて―――――!!」
 
ルパンは泣き叫びながら、みるみるうちに頭から路に落ちていきます。
 
その下に見えるのは、五右ェ門の乗った牛車。
 
「あ、あれは・・・」
 
お供の声に五右ェ門は自分で御簾を開けてお供の見る方向に顔を向けます。
 
土手を滑り落ちてゆく娘。
 
「危ない!」
 
とっさに五右ェ門は車から飛び出し、娘の落ちてゆく場所に駆けつけました。
 
 
 
 
 
どすん。
 
 
 
 
次の瞬間、ルパンは五右ェ門の両腕に抱かれておりました。
 
「大丈夫か」
 
「う・・・ううん・・・」
 
ルパンは顔をしかめつつ、ぼんやりと目を開けます。
 
「ああ・・あ・・・あ・・・はあっ・・・」
 
震えながら涙目で息を漏らすルパンに、五右ェ門もお供も思わず、(色っぺえ・・・)と心の中で呟いておりました。
 
「え?わっわっわっ!オレ、どうしちゃったのかしらっ」
 
ルパンが口をバクバクさせています。
 
「危なかったな。もう、心配いらん」
 
その声にルパンは自分が高貴な身分の美しい男にお姫様だっこされてるのが判りました。
 
「わあっ。やだやだ、降ろして」
 
真っ赤になりながら、ルパンは足をばたばたさせます。
 
ルパンは恋にやり手の様にみせかけてはいますが、実はこういうことには慣れてなくて、本気で恥ずかしがっておりました。
 
「こら、暴れるとまた落ちるぞ」
 
ルパンの動きが止まります。
困ったような顔で五右ェ門を見上げておりましたが、やがて俯き、そっと呟きました。
 
「・・・・助けてくれてあんがと・・・・ゴメンね」
 
 
 
 
 
ズキュ―――――ン!!!
 
 
 
 
 
儚げなルパンの様子に、五右ェ門のいつもの悪い病気が出てしまいました。
 
「可憐だ・・・・」
 
あ―――あ。これでまたこの娘を側室に呼ぶんだろうなあ・・・とお供たちが思った時。
 
「おおお!」
 
なんという事でしょう(ナレーション:加藤みどり)
 
牛の背に括り付けた斬鉄剣の鞘がするりと抜け、きらきらと輝きだしたではありませんか。
 
五右ェ門は感動した様に娘のルパンを腕の中で見つめました。
 
「曇りのち晴れとはこの事だったのか。決めたっ。拙者は妻とは別れ、この娘を正室にするぞ!」
 
「ええええええええええ!!??」
 
お供たちはびっくらこきました。
 
「さ、悪いようにはいたさん。とりあえず御所に来たれい。きっと気に入ってくれると思うぞ」
 
「あ・・・あのう」
 
ルパンはそのまま、牛車に乗せられてしまいました。
 
 
 
 
 
 
 
 
それを土手の上で唖然と見ていたのは、気絶から醒めた次元。
 
仕事さぼって出てきた手前五右ェ門の前に出る訳にもいかず、しかも不二子と別れて、オレのルパンを正室にするだとお?
 
あまりの急展開に脳みそがついてゆかなかったのです。
 
牛車に乗せられて次第に遠ざかってゆくルパンを見ていた次元の頭の中では
 
「♪ドナドナドナ・・・・」
 
のBGMが流れ続けておりました。
 
 
 
 
 
 
 
続.
 
 
 
 
 
 
・・・クールな話の反動がきたらしい・・・(極端) 烏兔さんから頂いた五ルイラストを見てたら、突如こんな話が温泉のように湧いてきました。どうもウチのゴエはお買い物と巨大がまくちが付き物みたいだな。もはやお約束。 2005.3.5
 

PAST INDEX FUTURE