2      ジャパネスク2
 
 
 
 
 
 
さてさて。
 
牛車で五右ェ門が突然若い娘を連れてきたかと思いますと
 
「この娘を正室にする。不二子殿とは別れる」
 
なんぞと言ったものですから、もう御殿は上を下への大騒ぎでございます。
 
「五右ェ門様!ご乱心あそばされましたか。あの娘は身分の低そうな出ではござらぬか。それに、こんなところを奥方様に見られましたら」
 
老中の序道が険しく忠告しております。
 
「拙者の心は決まっておる!例えあれに踏み倒されようとも、今度ばかりは怯みはせん。来るなら来い!」
 
不二子殿は怪獣か、とお付きの者達は思ったのですが、そんな事恐ろしくて誰も口に出せません。
 
「・・・で、不二子殿が帰ってくるのには、まだ日があるな」
 
勇ましい言葉とは裏腹に、五右ェ門はどこかビクビクしております。
 
序道はパラパラと生活管理表を捲ります。
 
「はあ。奥方様の行かれました温泉パックは3泊4日でございますから。影の報告によりますと、滝壺に小銭を投げ入れると願いが叶うとかいう名所がその温泉近くにございまして、どうやら奥方様はそこに惹かれたようですな」
 
「うむ。ではその間、拙者は必ずやあの娘に求婚を受け入れさせてみせようぞ。何しろ拙者には幸運を呼ぶ、この斬鉄剣がついておるのだ」
 
満足そうに眩しく光り続ける剣を天に掲げる五右ェ門を見て、お付きの者達の『五右ェ門様に近づけちゃいけないリスト』には、幸運を呼ぶ首飾りや掛け軸が加わりました。
 
「何ですかその剣は」
 
序道が不審がります。
 
「今や拙者にとってのご神仏といっても良い。そうだ!神棚を用意して其処に奉ろう。何か困った事があったら、この剣に天気予報してもらうのだ」
 
「しかし、この間から此処にはバテレン達も来ておりますが」
 
御殿には南蛮から来た渡来人が数人、「総受教」の布教のため、寝泊りをしておりました。
 
「構わん。宗教は皆友達だ。それより庭に皆を集めろ。拙者の新しい、があるふれんどを紹介するのだ」
 
思い込んだら一直線の五右ェ門様でございます。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
その頃ルパンは大奥で女官達に囲まれておりました。
 
お披露目の為ルパンに一流の着物と婚約冠をつけさすよう、五右ェ門が申し付けたのでございます。
 
ルパンはこれから何が始まるか判らず、不安げに辺りを見回しておりました。
 
「わあっ。何すんの!」
 
突如ルパンに女官達が飛び掛りました。
 
「まあ見て!この綺麗な白い肌。きめ細かいーーーvv」
 
「いいわあ細くて。きゃあ、この腰なんて折れそうよ!」
 
大はしゃぎ、八零壱部屋の女官達の総攻撃。
 
ルパンは必死に抵抗しましたが、あっという間に着物を脱がされ、襦袢一枚になってしまいました。
 
女官達がルパンの着ていた着物を通称お局様に差し出します。
 
お局様は着物の裾を摘まむと、鼻筋に皺を寄せました。
 
「こんな貧乏くさい着物なんか着て・・・」
 
その間ルパンは次々と十二単を着せて貰っています。
 
ルパンの細い体はどんどん着物で重くなっていきます。
 
するりと襖が開き、今度は眩いばかりの黄金の冠を持った女官が入ってきました。
 
「さ、この冠を被って。ま、何でしょう、そんな安物の簪などお取りなさいな。邪魔ですわ」
 
「あ、それは・・・!」
 
ルパンは慌てて手を簪に伸ばしましたが、それより素早く女官達が後ろからルパンを抑え簪を取ると、お局が冠を被せました。
 
「ぶはっ。返せ、ばかっ!そりゃ次元が」
 
ルパンはジタバタしますが動けません。
 
何故なら女官達がしっかりルパンの着物の裾を踏んづけていたからです。
 
「焦らなくとも、後でちゃんと返してあげますよ。ただし、身につける事は此処では許しません」
 
お局様の言葉に、ルパンの着物と次元がくれた簪は女官達が持って行ってしまいました。
 
「さ、ごらんあそばせ。綺麗だ事」
 
女官がルパンを姿見の前に連れて行きます。
 
ルパンは眼を見張りました。
 
(本当に、これオレ?)
 
 
 
 
鏡の中に、美しい姫の姿がありました。
 
 
 
 
小さい頃から男手ひとつで育てられたルパンは、女らしさというものを知らず、まるで男の子のようにお転婆に育ってきたのです。
 
それは近所の子供やオバはん達からも「男か女かわからない」「おとこおんな」と眉をひそめられ、からかわれる程でした。
 
ルパンは、その時の胸の痛みを思い出し、ほんの一瞬、こう思いました。
 
 
 
 
(あとで簪も着物も返してくれるっていうし・・・もうちょっとだけ、この格好でいてもいいかな)
 
 
 
 
「では、お披露目と参りましょう。庭先で男達が新しい花嫁の姿を見ようと、待ち構えておりますわ」
 
女官が微笑みつつ、ルパンの手をひきました。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
庭先では御殿中の男達が集まっておりました。
 
お付の者達は勿論、武士や庭師、その丁稚に至るまで。
 
次元は授業に遅刻した生徒のように、こそこそと後ろの列に紛れました。
 
どの顔も五右ェ門様が不二子と離婚までして正室にしたいと連れてきたのがどんな娘かとざわざわ噂しております。
 
 
 
 
「とうとう御決意なされたか」
 
「どうせまた、小便くさい小娘だろう」
 
「一目ぼれらしいぞ。それも身分の低い、村娘とか」
 
「畑仕事で真っ黒になった、ガン黒ギャルみたいなんじゃねの?」
 
 
 
 
男達は笑います。
 
自分の恋人が好き放題言われてるのを見て、次元は思わず腰から愛用の火縄銃を抜いて男達をぶち抜いてやりたい衝動に駆られました。
 
が、ひたすら握りこぶしを膝に我慢しております。
 
とにかく今はルパンが何をされてるか、心配で堪らなかったのでした。
 
 
 
 
 
 
壇上の御簾が開き、女官達に引かれ、ルパンが現れました。
 
どよめきが起こりました。
 
さっきまでルパンを連れてこっそり逃げよっかな―――とか考えていた次元ですが、その姿を見てショックを受けました。
 
これまで、こんなに美しく着飾られたルパンを見た事はありません。
 
真珠の様に輝く真白い肌と、重厚な十二単。
 
しかもその頭には、姫を思わせる小金の冠。
 
次元が贈った簪は影も形もありません。
 
 
 
「・・・・・・」
 
 
 
次元は急にルパンが遠い処へ行ってしまった様な気になりました。
 
「あ、次元」
 
ムサイ男共の異様な熱気の目にさらされ、おどおどしていたルパンは、その隅に次元の姿を捉え、ほっとして声をあげました。
 
皆が一斉に次元に注目します。
 
「知り合いか」
 
五右ェ門が聞きます。
 
「うん。オレの幼馴染」
 
そんで恋人、と続けようとしたルパンより早く五右ェ門の唇が動きました。
 
「それなら丁度良い、お主に頼もう。次元、拙者はこの娘と結婚したいと思っておる。是非拙者と宮中を気に入って貰いたいのだ。庭を案内したいのでな、ルパンに草履を履かせてやってくれ」
 
 
 
「・・・・はい」
 
 
 
次元はルパンの側に近づくと、脚を折り曲げ草履を取りました。
 
「・・・・ルパン様、どうぞおみ足を」
 
ルパンの面に驚愕の色が浮かびました。
 
足が、前に出せません。
 
次元はその足先をそっと取ると、華の刺繍が幾重にも施された草履を履かせました。
 
「参ろう」
 
五右ェ門はルパンの手を引き、着物が汚れぬよう敷かれた錦の路を進みます。
 
次元はその二人の護衛として後ろを黙ってついていきます。
 
五右ェ門はルパンにあれは拙者が育てた盆栽だの、今度拙者行きつけの甘味屋に羊羹を食べに行こう、等しきりに話しかけるのですが、ルパンは次元が気が気で仕方ありません。
 
さすがに五右ェ門も二人の様子のおかしな事に気付き、どうしたと聞きます。
 
しかし、相変わらず次元は黙ったままです。
 
ついに沈黙に耐え切れなくなったルパンが口火を切りました。
 
 
 
「なんか言えよ、次元!」
 
 
 
五右ェ門は「え」とばかりに二人を交互に見比べました。
 
次元はルパンの顔を見ずにぽつりと呟きます。
 
「・・・・俺の贈った簪はどうしたんだ」
 
ルパンはぐっ、と詰まりました。
 
「そ、それはそのう・・・えっと、何処だか知らねえが、女達が勝手に持って行っちまったんだよっ。・・・・あとで、返してくれるてえから心配いらねえかと思って」
 
「で、代わりにキンキラキンの高価な冠を乗っけたってわけだ」
 
先ほどの一瞬の思いを見透かされたようで、痛いところを突かれたルパンは思わず逆切れしてしまいました。
 
「てめえ!簪くらいでネチネチ言うなよ!男らしくねえなっ」
 
「んだとお!?」
 
「そんなんだからお前はへタレ攻めなんて言われんだよ!」
 
「何言ってやがる!そっちこそ、男か女かわからないって言われてんじゃねえかっ。綺麗なべべ着せて貰っていい邸に住めて、いっぱしの女扱いされて、さぞや満足だろうな、はっ!」
 
「そ――ゆ――お前こそ、どうしてオレだって気付いた時すぐに声をかけなかったんだよっ!」
 
「雇い主の居る前で、こいつは俺の恋人です、なんて言って引っ張っていけるかっ」
 
「あっ、そ―――お。そんなに言うんならオレ、五右ェ門ちゃんと結婚しちゃおっかな――。誰かさんと違ってど――んどん、攻めてくれるしぃ?」
 
ルパンは五右ェ門の腕に飛びつくと、あっかんべえ、をしてみせました。
 
次元の髭がぴくぴくと震えだします。
 
「上等だ!もう、てめえの面なんざ見たくもねえ、これっきりだっ!」
 
「あ――、清々すらあ。さっさと行っちまえよ。オレ達は結婚して幸せになるんだもん。ねえ――五右ェ門ちゃん」
 
ルパンは一層しっかりと五右ェ門に寄り添います。
 
 
 
 
 
ギリギリとにらみ合った後、ふーーんだ。と互いに背を向ける二人に、すっかり行き場を失っていた五右ェ門はそこでようやく口を挟みました。
 
「あ・・・そのう。ゴホン。お主らがそういう関係だったとは・・・。しかし、嬉しいぞルパン!拙者の求婚を受けてくれると申すのだな!・・・という事は次元。真に言いにくいのであるが、ルパンと別れるとは言っても、元恋人は側に置いておく訳にはいかん。残念だが、今後一切此処への出入りは禁じねばならぬ。いい腕をしておったのに惜しいのだが」
 
「そうだな」
 
次元はくるりと背を向けると片手を挙げました。
 
「あばよ・・・ルパン」
 
すたすたルパンから離れます。
 
「ちょ、おい、え。本気か。待てよ、待てったら次元・・・」
 
ルパンは呼びかけますが、それより大きな五右ェ門の声が既にそれを打ち消しておりました。
 
「今月の給料は月末だからな―――!門の外で受け取るとよいぞ―――!」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
ルパンは慌てて大奥へ向かいました。
 
もう、じっとしていられません。早く帰って次元に謝ろうと思ったのです。
 
途中で座布団を運んでる女官にぶつかりました。
 
「きゃ」
 
「わっ、ゴメン。ねえ、オレの着物と・・・それから簪、知らない?」
 
「ああ、あれなら此処をやめた次元さんが村の銭さんに返すと言って持っていかれましたよ」
 
「・・・・・・次元が・・・・」
 
「はい。もうルパン様はお使いにならないだろうからって」
 
ルパンはそれ以上語りませんでした。
 
ゆっくりと大奥に入ると、黙って襖を閉じました。
 
「もうすぐお食事ですよ、ルパン様」
 
女官はしばらく返事を待っていましたが、しんとしております。
 
やがて女官は肩をすくめると立ち去っていきました。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
続.
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
なんでだろ、五右ェ門がどんどん壊れていってる気がする・・・愛はあるのに!!今更ですが、これは日本ではなく「るうけ」の国のお話なんで、時代考証とか考えてたら絶対頭がおかしくなります。十二単も平安時代のよりはちょっと短めで薄手のイメージです。「バテレン」はキリスト教の宣教師を意味すると書いてあったけど、「るうけ」の国では「総受教」(^^;) たまたま呼び名が同じだったという設定です。 「宣教師」と書くより、語呂がいいんでそうしただけです。実際のキリスト教とは全く無関係なんでおこらないで下さい・・・。 2005.3.19
 

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