3      ジャパネスク3
 
 
 
 
 
ルパンから色よい返事を貰った五右ェ門様ときたらもうウハウハでございました。
 
気分よく 「♪わいえむしいえい」 の歌を口ずさみながら今日の夕御飯は納豆がいいな、等と考え廊下を歩いておりますと、序道があたふたと駆け込んで参りました。
 
 
 
 
「あ、五右ェ門様。一大事でございます」
 
「こらこら。廊下を走っては危ないと寺子屋でも教えているだろう。どうしたのだ、そんなに慌てて」
 
「奥方の不二子様の事でございますが・・・」
 
「ふ、不二子殿!? 妻は確か3泊4日の温泉旅行であったはずだろう。もう帰ったのかっ;;」
 
とたん、来るべき現実を突きつけられ、五右ェ門の顔が青ざめました。
 
「そんな事ではござりませぬ。何でも影の報告によりますと、願いを叶えるという滝を見に行った時、滝つぼに溜まった小銭に目を奪われ、足を滑らせて転落したそうで」
 
「何! それで、不二子殿は無事か!!」
 
「幸い目立った外傷はなかったのですが」
 
「そうか、それは不幸中の幸い・・・・。あ、いやしかし、拙者の離婚の決意は変わらんぞ!もう、あの女の我侭に付き合うのは・・・」
 
「いえ、それが落ちた拍子に小銭を咽喉につまらせ・・・お亡くなりになったそうです」
 
「何と・・・・!!」
 
五右ェ門は声をつまらせると、呆然と立ちすくみました。
 
「ご遺体が既に運ばれてきております。お会いになられますか」
 
 
 
 
 
 
 
 
五右ェ門は序道に連れられ、遺体の置かれてある霊安室に向かいました。
 
ひんやりとした地下室に、棺おけが今年の残雪に冷たく固められ横たわっております。
 
不二子は目を閉じ、口元にはうっすらと微笑みすら浮かべておりました。
 
「安らかなお顔でございますな」
 
序道が慰めるように五右ェ門に声をかけます。
 
「・・・不二子殿もきっと小銭に埋もれ、満足して逝ったのであろう」
 
五右ェ門は目頭を押さえます。
 
「不二子殿。いかに愛が醒めていたとはいえ、拙者はそなたを忘れはせぬ。そなたは我侭でがめつくて、興奮しやすくて、実に強くおおらかな女子であった・・・・!」
 
五右ェ門は遺体にすがり付くとよよよと、むせび始めました。
 
それって誉めてるのかけなしてるのか、とお供たちは思いましたが、場面が場面なだけにつっこむ訳にも参りません。
 
「しかしどうなさいます。ご結婚と葬式と同時にする訳にもいきますまい。まずは早めに葬儀をご準備されなくては」
 
序道が訊ねます。
 
「ううむ・・・この様な場合はどうしたらよかろうか」
 
五右ェ門はお付の者達を集め、神棚のある場所に向かいました。
 
皆は其処に飾られている斬鉄剣がどう反応するのか、固唾を呑んで見守ります。
 
「斬鉄剣よ、教えてくれ。勿論葬式を先に済ますべきだろうが、そうすると結婚はどうすればよいのか。とりやめるべきなのだろうか」
 
五右ェ門は手を合わせて剣を拝み始めました。
 
するとたちまち剣は曇り始めました。
 
お付の者達もざわつき始めます。五右ェ門はほっとした顔をみせました。
 
「それでは、結婚はすべきと申されるのだな!承知致した。では、葬式の後にでも日取りを決め・・・」
 
ところが益々剣は曇りを帯びます。
 
「後・・・ではなく、先にすべきと申されるのか?」
 
剣は相変わらず曇ったままです。
 
「ま、まさか葬儀と結婚と同時開催というわけでは・・・;;;」
 
すると剣の曇りは雨雲が晴れていくようにすーーーっと消え、きらきら輝きだしました。
 
あたり一面、恐怖に染まった絶叫が沸き起こりました。
 
「五右ェ門様、おやめ下され!奥方様が化けて出られますぞ」
 
序道は五右ェ門の袂を握って必死で止めようとしますが、すっかり剣に心酔しきってる五右ェ門には通じません。
 
「いや、この斬鉄剣の光は嘘をつかん。それが幸せを呼ぶと申しておるのだ」
 
五右ェ門はじっと瞼を閉じ瞑想しておりましたが、突然拳で手の平をポンと打ち鳴らしました。
 
「そうか・・・そうだったのか不二子殿!ルパンに正室を譲る儀式に、そなた自ら出でて継承したいと申されるのだな!なんという気高き心がけだ。そなたの願い、しかと五右ェ門、受け取ったぞ」
 
マジかよ、とお付の者たちは顎をパカーーーンと外しております。
 
結局、斬鉄剣のある神棚の前で、婚姻はバテレンに誓わせ、坊主にはお経を上げさせ、それを皆が取り囲むというイベント形式に決定致しました。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
たちまちこの噂は号外となって街や村中を広がっていきました。
 
「号外だよ、おじさん!」
 
瓦版を配っていた少年からそれを受け取ったのは、村へ向かう途中の、日よけ笠を被った武士でした。
 
号外には派手な見出しがデカデカと躍っておりました。
 
 
 
『速報!五右衛門様、電撃結婚!
えっ、新しい正室は村のナンパ娘? 
 
訃報!不二子殿、涅槃へ
特集 人気の小銭温泉スポット
 
葬儀と結婚同日の謎に迫る! 
某・八零壱女官、衝撃の激白!
新正室の腰は細かった』
 
 
 
次元はその紙をゆっくりと握り締め、固く、小さくしていきました。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「銭さん、これ、返しにきた」
 
すっかり陽も落ちた頃、次元はとぼとぼとルパンの家まで来ると、布団の上で一人おかゆをすすっていた銭さんに声をかけました。
 
「次元か。こんな時間までルパンを何処に連れていきおった」
 
不愉快そうにもぐもぐ口を動かしながら、横目で銭さんは睨みます。
 
次元は折りたたんだルパンの着物と、ルパンが外した自分の贈り物を差し出しました。
 
「こ、これはルパンの着物・・・・と、簪?」
 
「ああ。ルパンはもういらねえってよ。だから、銭さんに返す」
 
「ど、どうしたんだルパンは!おい、ワシの娘をどこへやった!」
 
銭さんは茶碗を床にひっくり返し、次元の腕を掴みます。
 
そこへ。
 
 
 
 
「御免。ルパン様のご自宅はこちらかな」
 
 
 
 
 
開け放しの扉から、身なりのいい貴族の男達が入ってきました。
 
「なんだ、貴様らは」
 
銭さんは掴んだ次元の腕を離します。
 
「我々は五右ェ門様の使いで参った。五右ェ門様がルパン様に求婚され、ルパン様はそれをお受けになられたのだ。その挨拶に参ったのであるが、ルパン様のお父上である、錠前屋銭さんとはそちであるか」
 
「なんだと」
 
「そういうことさ・・・銭さん」
 
次元はぐしゃぐしゃに丸めた号外を銭さんに見せます。
 
銭さんは皺だらけのそれを広げると、見る間に顔を真っ赤にさせ怒鳴り出しました。
 
「次元!貴様、それでもルパンの恋人かっ!惚れた女一人守れねえで、それがルパンの惚れた男のやることかっ!」
 
「銭様!ご結婚の後はルパン様のお父上にも御殿へ来て頂きたいと五右ェ門様からの御達しです。御殿にえげれすの最新式蒸気機械工房を設けまして、錠前を大量生産出来るように致しましょう。国一番の工房で錠前を作って輸出すれば父上も国も潤います。勿論ルパン様のお側で暮らせますし、人間国宝の位もご用意しております。是非、御殿へ来ては下さらぬか」
 
間を割って入って使いの者が誘いをかけました。見れば背後に一人分多く籠も止まっております。
 
「馬鹿野郎!何が大量生産だ。蒸気機械なんかに何が判る!俺はでかい工房なんざいらねえ。どんな悪党にも外せない錠前をこの手で作る、それが俺の信念なんだよ!勝手に人の娘をかっさらいよって、誰がそんなとこに世話になるか。第一あいつには次元という、付き合ってる男がいるんだぞ!」
 
次元は驚いて銭さんを見ました。
 
「とっつあん・・・」
 
「納得されないと申されるか。それでは残念ながら御殿へ来て頂く訳にもルパン様にお会いになる事も出来なくなりますが・・・」
 
困り果てた使いの者たちが言い終わらぬうち銭さんは大声をあげました。
 
「上等じゃねえか!てめえらみたいなヤクザな連中に好きにさせてたまるか!帰れ、帰れ!」
 
「そうですか、では仕方がない。せめて、御殿からの御礼だけでも受けとって頂きましょう。これ・・・」
 
使いの者が手を打ち鳴らすと、がたいのいい男達が米俵や小判や珊瑚の詰まった廿楽を持って現れました。
 
「そんなもの、いらん!」
 
銭さんは床に放り投げてた茶碗を投げつけます。
 
使いの者たちはしばらく顔を見合わせていましたが、やがて頭を軽く下げ踵を返すと、財宝を抱えて部屋から出ていきました。
 
 
 
 
 
 
 
「とっつあん・・・あの、もしかして、俺とルパンのこと・・・」
 
次元が感動したように銭さんの側に近づきます。
 
銭さんはそれをぴしりと撥ねつけました。
 
「てめえにとっつあん呼ばわりされる筋合いはねえ!ただ、気に喰わねえんだ。ルパンに一目ぼれした五右ェ門も、次元、貴様のへタレっぷりもな。見損なったぞ!俺のルパンはな、そんなだらしねえ男に惚れるような目の利かねえ娘じゃねえんだ。いいか、あいつはな、貴様が結婚を止めてくれるのを信じてる。だから御殿から出てこれねえんだ。・・・ったく誰に似たんだか、意地っ張りめが」
 
次元は叱られた子供のように下を向き口を閉ざしていました。
 
が、やがてぽつぽつと抑え込んでいた本心を銭さんに打明け始めます。
 
「実は・・・俺もついかっとなってルパンと喧嘩しちまって・・・そのとき、御殿を首にされたんだ。二度と立ち入るなと言われちまった。正直、運よく乗り込めたとしてもあの御殿は広すぎるし、大奥の場所に関しちゃ野郎共でも知ってる奴は少ねえ。女官達をとっつかまえて吐かせようにも、祭りでもない限り、表に出てきやしない。どうやってルパンを取り戻せばいいのか、俺にも判らねえんだ」
 
銭さんはそんな次元を黙って見つめていましたが、やがて口を開きました。
 
「祭りごと・・・か」
 
号外を広げます。
 
「おい、二人の結婚式はいつだ」
 
「それが驚いた事に、不二子の葬式の日と同じだってよ」
 
銭さんはそれを聞くと記事に目を走らせました。
 
「ふーーむ。斬鉄剣が今や神のお告げのような物ってわけか」
 
銭さんは腕組みをしてしばらく何事か考えていましたが、むくりと寝床から立ち上がるといいました。
 
「次元。お前がもし本当にルパンの事が好きなら、俺と一緒に闘う気はあるか」
 
次元は目を輝かせました。
 
「ああ、勿論!なんか、いい考えでもあるのか」
 
銭さんは次元に耳打ちしました。
 
とたんに次元は後ずさりしました。
 
「そ、それだけはやめてくれ。せめて、色を変えるとか、被り物にするとか!」
 
「ちっ。しょうがねえなあ」
 
銭さんはごそごそと押入れから籠を出してきました。
 
「以前、村祭りで使った時の衣装が入ってる。その中にそいつもあったと思うから探してみろ」
 
衣装を取り出しながら次元は銭さんに尋ねます。
 
「銭さん、ほんとに傷口は平気か」
 
「俺を甘くみるんじゃねえ。そんな奴じゃまだまだルパンを嫁にはやれんな」
 
銭さんは包帯で巻いた胸元を摩ると、悪戯っぽく笑ってみせました。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
結婚の日取りが刻々と近づいて参ります。
 
ルパンは逃げ出そうと思えば幾らか機会はあったのですが、ひょっとしたら次元が連れ戻しに来るかもしれないと思うと動けません。
 
自分と行き違いになった次元が衛兵に殺されてしまう夢を、何度も見る様になっていました。
 
ルパンはぼんやりと部屋の窓から村の方を眺めておりました。
 
使いの者から
 
「銭さんが大量生産の工房の申し入れを拒んだ」
 
と聞いたとき、ルパンは
 
「とっつあんならそうだろな」
 
と、ぽつりと漏らしただけでした。
 
でも、娘に会う事すらしなかった父親に、ルパンは銭さんが娘の身勝手に本気で腹を立てたのだと感じてしまいました。
 
余計帰り辛くなってしまっていたのです。
 
 
 
 
 
更に悪い噂とは広まりやすい物です。
 
そして変質しやすい物です。
 
 
 
 
 
「しかし、親が娘と暮らすのを拒むのは、どういう訳だろうな。子供が可愛くない親なぞ居るのかね」
 
「銭さんとやらは、御殿おかかえの錠前師になるくらいなら、別に娘と会えなくなっても構わないと申されたそうな」
 
「お聞きになりまして。今度正室になられるルパン様は、お父上から勘当されたそうですわ」
 
 
 
 
 
御殿の最終尾である大奥に噂が届く頃には、すっかりそういう話が出来あがっておりました。
 
娘は後悔で胸がきしみます。
 
次元もとっつあんも、自分の事が嫌いになったのかもしれない。だから、会いに来ないんだ。
 
食事も咽喉を通りません。細い身体が益々細く見えて参りました。
 
口数も減り、毎日部屋の窓から遠く、自分の村の上にある空を眺めるようになっていきました。
 
そんなルパンに何とか元気になって貰おうと五右ェ門は一所懸命でした。
 
宙に浮いたり指から火を吹いたりする中国の魔術師・白乾児を御殿に呼んだり、活動写真の『刃烏流の動く御殿』を幻灯機で見せてくれたり。
 
優しく接してくれました。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
いよいよ今日はルパンとの婚礼、そして不二子の葬儀の日です。
 
ルパンは今日も窓を開き、村を見つめ続けておりましたが、やがてうな垂れるとゆっくりと障子でそれを塞ぎました。
 
「正室になってくれるだろうか」
 
五右ェ門はルパンの前に正座すると、静かに尋ねました。
 
沈黙の時が流れます。
 
五右ェ門はそれを責める様子もなく、返事を待ち続けておりました。
 
どの位経った頃でしょうか。
 
「・・・うん」
 
やがてルパンの俯いた口元から、小さな声がぽつんとひと言、床に落ちました。
 
五右ェ門は微笑むと膝を寄せ、ルパンの白い頬をそっと撫でました。
 
 
 
 
 
 
 
続.
 
 
 
 
 
 
 
今まで、死にネタをこんなにお馬鹿に書いた人っていないんじゃないかなぁ・・・・? 気が付いたら何時の間にか銭次になってる。これのどこがゴエフジだ、と思う人もいるでしょうが管理人の五不五は大抵三角関係のオバカ話です。不二子は冷凍保存されてるという設定。最近テンションが高いせいか、この手の話が書き易い。というか、他の連載とギャップありすぎて、上手くモードが切り替わらないわ。どおしよぉ。 とりあえず次回、最終回です。 2005.3.29
 

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