4      ジャパネスク4 (最終回)

 
 
 
 
 
大奥の更衣室。
 
部屋の外でそわそわと待ちわびる五右ェ門の前で、ゆるやかに襖が開かれました。
 
五右ェ門の目が見開かれます。
 
ルパンは特別にあつらえた十二単に美しい黄金の冠という花嫁姿で、上目づかいにそっと五右ェ門を見つめていました。
 
「綺麗だぞ・・・ルパン」
 
五右ェ門の胸は幸せではち切れんばかりでした。
 
「さ、こちらへ」
 
女官達がルパンの手を引いて控え室に案内していきます。
 
五右ェ門はうっとりその姿を見送ります。
 
やがて大広間には不二子の棺おけも運び込まれてきました。
 
斬鉄剣を祀った神棚の横に安置されます。
 
 
 
 
 
 
「先にお経を上げてすっきりした気分で不二子殿に正室を継承して貰おう。確か、坊主を呼んだと聞いておったが」
 
「はい、そろそろ着くかと・・・見て参ります」
 
五右ェ門に言われて序道は門に向かいました。
 
坊主と小坊主の姿が見えてまいりました。
 
「お待ちしておりました。どうぞ早くお経を上げて下され。その後結婚式も控えておりますのじゃ」
 
序道はこんなバチあたりな事さっさと終わらせたいとばかりに先頭に立って二人を案内し始めました。
 
「はい。では失礼します」
 
そうして門をくぐったのは、娘の為に髪を剃って丸坊主になった袈裟がけの銭さんと、村祭りに使った禿カツラを被り、髭をにかわで撫でつけ肌色に塗った、怪しげな小坊主姿の次元でした。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
御殿の中は複雑で長い廊下が何処までも続いております。
 
序道の後を付いていく二人でしたが、銭さんの足取りが次第に重くなってきました。
 
「傷が痛むのか、銭さん」
 
次元が囁きます。
 
「すまん。忘れ物をしたとか何とか言って誤魔化して先に行っててくれ。直ぐに追いつく」
 
「判った」
 
次元は途中で不審そうに立ち止まった序道に駆け寄ります。
 
一言二言、声をかけてるのが銭さんにも見えます。
 
序道は次元を連れて再び歩き出しました。
 
銭さんは壁に寄りかかると包帯を摩りました。
 
開いた傷口が痛みます。
 
「・・・待ってろよ、ルパン・・・必ずワシがお前を連れ戻してやるからな」
 
自らを叱咤する様に呟くと、銭さんは背中を起こしました。すると。
 
 
 
 
 
 
ジャラン!
 
 
 
 
 
 
「しまった!」
 
 
 
 
 
 
銭さんの袈裟下に忍ばせた投げ手錠が一つ、廊下に落ちたのです。
 
誰も側に居ない事を祈りつつ、銭さんは目線を背後に流しました。
 
しかしそれを待たずして張りのある声がかかりました。
 
「落ちましたよ」
 
振り返ると若い白人のバテレンが銭さんの手錠を拾い上げています。
 
銭さんはその姿を見つめたまま硬直しています。
 
乾いた咽喉で、唾が音を立てました。
 
若いバテレンは「ああ」と気付いたように笑うとお辞儀をしました。
 
「宣教師のビッキーと申します。今日は結婚式と葬儀の同時開催で大変ですね。僕らは結婚式の方を受け持ちますが、仲良くやっていきましょう」
 
「バテレンさんですか。さぞや異教である仏教には反目もおありでしょうな」
 
礼儀正しい相手にやや緊張を緩めつつ、銭さんは警戒を解かずお坊さんらしい皮肉をあえて口にしてみせます。
 
「いえ、僕はるうけの文化研究をする為に宣教師になった様なものですから。他の宣教師についてきた見習いですからどうぞお気遣いなく」
 
「そうでしたか・・・ああ、その錠前を返していただけますかな」
 
銭さんはとまどいつつ、手をビッキーに差し出しました。
 
しかしビッキーは興味深そうに銭さんの手錠をじゃらじゃら弄っております。
 
「へええ、これがるうけの錠前ですか。蒸気機械で生産してる我が国でも、これだけの技術は見ませんよ。・・・これ、一体何に使われるんです」
 
「いやその、これは・・・悪霊をふんじばる為のまじないに必要でしてな。ではワシは不二子殿のお経を上げねばならんので、これで」
 
銭さんは手錠を奪うとそそくさと序道から言われた場所に向かいました。
 
ビッキーはその後をしばらく見送っておりました。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「では、お坊様、お願いします」
 
序道は坊主に化けた銭さんと次元を招き入れます。
 
大広間。
 
バテレンの祭壇に隣は仏壇。更に真ん中には神棚に斬鉄剣と、まるで統一感のない部屋。
 
銭さんはごほんと咳払いをして棺おけの前に正座します。
 
「なんまいだ―――なんまいだ―――」
 
ぽくぽく木魚の音を鳴らし、お経を上げ始めました。
 
小坊主次元はその間こっそりと其処から離れ、隣の式場に入っていきます。
 
このお経が終わったら、ルパンは五右ェ門の妻になるのです。
 
次元が皆に気付かれず祭壇近くに紛れ込むまで、銭さんはお経を長引かせておりました。
 
 
 
 
 
やがてお経が鳴り終わりました。
 
バテレンが祭壇に上がり、その後正装の着物をつけた五右ェ門が壇上に上がります。
 
「花嫁、御出でなさい」
 
皆の視線が入り口に注がれます。
 
御簾が上がり、雪のような花嫁衣裳の十二単を身に着けたルパンが婚姻冠より更に眩い金の冠を頭に、女官達に付き添われて五右ェ門の待つ元へと向かっております。
 
「ルパン・・・」
 
愛娘の晴れ姿に銭さんはふと瞼が熱くなりましたが、それをこらえ袂に隠した手錠の位置を確認します。
 
五右ェ門とルパンは互いに向かい合って立ちました。
 
「では、婚礼の契りとして接吻を」
 
ルパンは首筋をもたげます。
 
花嫁は懸命に微笑もうとし、唇を五右ェ門に向けます。
 
五右ェ門の顔が近づきます。
 
ルパンは唇を噛み締めながら震えておりました。
 
今、まさに五右ェ門の唇がルパンの唇に重なり合おうとした時・・・・。
 
 
 
 
 
「ちょっと待った――――!!」
 
 
 
 
 
柱の影から次元が飛び出してきました。
 
仁王立ちして五右ェ門を睨みつけます。
 
人々はざわめきます。
 
「次元?」
 
禿カツラをつけ、髭を染めて変装(殆ど仮装)している小坊主姿の次元でしたが、ルパンにはそれが待ち続けた恋人の姿だと直ぐに判りました。
 
 
 
 
 
 
「五右ェ門!ルパンを離せ」
 
「次元。この御殿には立ち入るなと申しておったのにやはり来おったか」
 
「うるせえ!ルパンは俺の女だ。五右ェ門、てめえに渡す訳にはいかねえ!」
 
「ほざけ。拙者はルパンを妻にすると決めたのだ」
 
「どうしてもやるってのか」
 
「ああ。お主とは一度、決着を着けねばならんと思ってた」
 
 
 
 
 
閃光走る、男と男の視線。
 
周囲は愛する女を賭けた勝負にしんとしております。
 
「いざ、勝負」
 
五右ェ門はお付の者からうけとった剣をするりと抜き、次元に剣先を突きつけます。
 
次元は渡来人から貰った火縄銃に火を着けます。
 
火縄銃は発砲までにちょっと時間が掛かります。
 
見物人は退屈し始めました。
 
「ちょっと厠へ」
 
なぞとお供たちは側を離れ始めます。
 
 
 
 
 
 
 
 
火縄銃の煙が線香の煙に混じり、安置されてる不二子の棺おけの中にまで入ってきました。
 
不二子の鼻先にかかります。
 
「ひえっくしょん!」
 
くしゃみと同時に、不二子の咽喉に詰まっていた小銭がぽろりと取れました。
 
その音に五右ェ門がびくりとしました。
 
「不二子殿は花粉症であった。その時のくしゃみに良く似ておるがまさか・・・;;;」
 
 
 
 
 
 
 
―――BGM:13日の金曜日―――
 
 
 
 
 
 
 
神棚に祀られていた斬鉄剣が妖しい点滅をみせ、みるみるうちに灰色からどす黒い色へと変わって参ります。
 
ギ――・・・・と音がしたかと思うと、棺おけから三角の布切れを頭に巻いた不二子がゾンビのように立ち上がりました。
 
 
 
 
「わああああああ出た――――――ッ!!」
 
 
 
 
お付の者たちは腰を抜かし、這いずる様にして外へ逃げていきました。
 
まあ死んでるにしろ生きてるにしろ、どっちにしたって不二子は怖いのです。
 
「ふ、不二子殿!そなた、涅槃へ向かわれたはずでは?さては、化けて出られたかっ」
 
五右ェ門は事態をよく飲み込めず、へたり込んだまま目を瞬かせております。
 
「何馬鹿な事言ってるの五右ェ門!よくもアタシの葬式なんかあげたわねっ。それに何よこの結婚式は。正室の花嫁衣裳じゃない。アタシを差し置いて、この娘を正妻にするつもりなの!」
 
「い、いや待て不二子。話せば判る。これには、訳と云うものが・・・・;;;;」
 
「五右ェ門の浮気者!!」
 
不二子は棺おけから飛び出すと神棚の斬鉄剣をはっしと掴み、五右ェ門に躍りかかっていきました。
 
「わ――――――やめろ、不二子。落ち着け!」
 
「五右ェ門の馬鹿馬鹿馬鹿―――――――――!!」
 
 
 
 
 
斬!!斬!!斬!!
 
 
 
 
なんという切れ味の良さでしょうか。
 
まるでテレフォンショッピングの実演のように鮮やかに、不二子は普段切らなくていいような物まで切り倒していきます。
 
 
 
 
柱。
 
棺おけ。
 
木戸。
 
庭の松ノ木。
 
厠の金隠し。
 
逃げ惑う武士たちの鎧兜。
 
放たれる矢すら切り捨てます。
 
最強です、不二子。
 
 
 
 
それを横目にルパンは祭壇から飛び降りると、着物の裾を掴んで次元の元へと走り出しました。
 
「この、待て」
 
お付の者たちが大事な花嫁を逃すまいとルパンを追います。
 
着物の重いルパンはたちまち追いつかれそうになります。
 
長い十二単に足をとられて、転んでしまいました。
 
男の手がルパンに触れようとします。
 
「いやっ!」
 
ルパンは顔を逸らし、小さく声を上げます。
 
その瞬間。
 
「そうはいくか!」
 
坊主に化けた銭さんの投げ手錠が空を裂き、男達の首や脚に絡みつきました。
 
「うわあ」
 
「ぎゃあ」
 
追っ手達は身体の一部をとられ、どたどたと倒れていきます。
 
袂。袈裟下。胸元。
 
あらゆる処から山の様に黒光りの投げ手錠が出てきます。
 
銭さんの指先から黒蝶のように舞い投げ出されては、バチバチと追っ手達に嵌まり込む錠前。
 
その姿をバテレンのビッキーは柱の影から息を呑んで見守っております。
 
「次元、ここは俺に任せろ!」
 
銭さんの声に、飛び掛る男達と殴り合っていた次元は最後の一撃を相手に食らわせます。
 
「すまねえ、とっつあん」
 
次元は倒れているルパンの手を取りました。
 
「来いよ、ルパン」
 
次元がそっとルパンの手を引いて立ち上がります。
 
ルパンは目を潤ませうなずくと、微笑んで駆け出しました。
 
 
 
 
庭を抜けます。
 
門を抜けます。
 
 
 
 
追っ手達は花嫁に怪我させてはならぬと飛び道具を使えません。
 
次元は邪魔な追っ手達を、腕一本でなぎ倒していきます。
 
暴れてるうちにカツラは取れ、髭も元の形に戻り始めます。
 
ルパンは走りながら、邪魔な十二単を次々に脱ぎ捨てていきます。
 
下からほっそりした、襦袢一枚のルパンが現れました。
 
 
 
 
街を抜けます。
 
山道を抜けます。
 
 
 
 
その向こうに次元とルパン、そして銭さんの住んでいる村があるのです。
 
 
 
 
 
 
 
 
追っ手達はルパンの脱ぎ捨てた着物を見ると、それを拾いながら追い続けました。
 
 
「ん――――ルパンちゃんの匂いvv」
 
「この変態野郎。早く追え」
 
「おい、それは俺が拾ったんだ」
 
「なんだと。こっそり質屋に売って金にしようってのか。それは俺のだ」
 
「てめえこそそのつもりだろ」
 
「ルパンちゃん。いい匂いvv」
 
 
とうとう追っ手達は仲間割れを始めました。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
五右ェ門は不二子に部屋の隅にまで追い詰められておりました。
 
側室の紫や倉栗鼠が心配そうに遠い廊下の角から頭を覗かせています。
 
五右ェ門は彼女達に叫びました。
 
「おぬし達、早く逃げろ!・・・不二子殿、頼む。拙者はどうなってもいいが、罪も無いルパンや側室達には手を掛けぬと・・・!」
 
その言葉を不二子の悲鳴が遮りました。
 
「何よ!いつもいつも清純そうな女にばかり眼を向けて話しかけて!アタシはどうせ、そんな女にはなれないわよ!」
 
鼻息も荒く、再び斬鉄剣を大きく振りかざします。
 
剣の色は最早、真夜中の嵐の様にどす黒い渦を巻いて染まっております。
 
「不二子殿・・・そんな!そなたは、そなただからこそ良いのだ!確かに、少し我侭の度が過ぎておるが、しかし・・・」
 
「だって・・・・・・・・仕方ないじゃない!」
 
不二子の目にみるみるうちに涙が溜まって参ります。
 
「いつもいつも、五右ェ門、アタシが我侭をいう時位しか、相手にしてくれないんだもん。いつも、アタシの方を向いてて欲しいんだもん!」
 
不二子の手から剣が力なく落ちました。
 
 
 
 
 
からん。
 
 
 
 
 
不二子はぺたりと床に座ると、うつ伏して激しくしゃくり始めました。
 
五右ェ門はうたれたように、愛しい妻を見つめます。
 
「不二子殿・・・」
 
お付の者たちも銭さんもビッキーも、その姿をじっと見守ります。
 
五右ェ門はとまどいつつも、涙に濡れた不二子の頬をぬぐいました。
 
 
 
 
「・・・悪かった」
 
 
 
 
真直ぐに妻を見る五右ェ門の口から微かな声が零れました。
 
不二子は五右ェ門の胸に身体ごと、強く寄り添います。
 
五右ェ門はその身体を両手でしっかりと包みます。
 
その時、床に落ちている斬鉄剣が今までにない程暖かい光に包まれていたのを、抱きしめあっている二人は気付きませんでした。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
いつしか次元とルパンは小高い丘に辿り着きました。
 
懐かしい我が家のある村が、眼下一面、広がっています。
 
ルパンは最後に、冠を脱ぎ捨てました。
 
「いらねえのか、それ」
 
次元は少し勿体無さそうに言いました。
 
売れば幾らかの金になって、ルパンが贅沢出来るかもと思ったのです。
 
「だって、オレには次元ちゃんから貰った簪があるでしょ」
 
ルパンは小首をまげて、不思議そうに次元を見つめます。
 
次元はその言葉を、瞬きもせず黙って聞いていました。
 
それから野に咲いている花を一輪摘むと、ルパンの髪にそっと挿しました。
 
 
 
 
「悪い。今は、これが精一杯」
 
 
 
 
ルパンは笑うと次元の首筋に抱きつきました。
 
次元は細いルパンの腰を抱きかかえると、丘の上で回します。
 
二人の笑い声が辺りに響きます。
 
沈みかけた夕日が二人を照らします。
 
そのまま次元はルパンの身体を柔らかい4月の草に押し付けました。
 
甘いかすれたルパンの吐息が星の浮かび始めた空に流れるのに、時間は掛かりませんでした。
 
 
 
 
 
 
それから彼らはどうしたでしょう。
 
五右ェ門は相も変わらず妻不二子の我侭につき合わされ、今も御殿ではにぎやかしい叫び声が聞こえてまいります。
 
銭さんはバテレンのビッキーに弟子入りを申し込まれ、錠前作りの厳しい指導を始めているそうです。
 
次元にはもう誰もへタレ攻めなどと揶揄する婦女子はおりません。
 
何故なら、結婚したルパンに次元の瞳に良く似た、可愛らしい赤子が産まれたからでございます。
 
 
 
 
 
 
 
肝心の斬鉄剣は何処へ行ったかと申しますと、あれから幾星霜の年月を巡り、今ではある大泥棒の仲間である侍が持っていると古書『るうけ伝』に記述されております。
 
 
 
そして斬鉄剣は仲間である泥棒やその相棒、そして我侭な美女の命を、今も大事に守っているという事でございます。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
めでたし、めでたし。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
次ルに五ルに五不五にカッコいい銭さん、と己の煩悩を一度に味わえる話が見たかった完全自己満足物。甘い次ルもバカップル・五不五のどさくさに紛らせると意外と書き易い事が判りました。公式の壊れたゴエはいやですが萌えではオバカなゴエ大好きです。ラストと花嫁奪還のシーンは烏兔さんからの甘い次ル話&「映画・卒業」のようにというリクエストから。次元の坊主姿は旧ルパンの和尚、銭さんは風魔の坊さん姿から思いつきました。  2005.4.2
 
 
 
 
 
御礼
挿絵:「草枕。」烏兔さん
 

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