1      初詣1
 
 
 
 
大晦日。にぎわう街の商店街。
 
夜空を頭上にネオンが瞬く。ざわめきがその中を行き交う。
 
ケーキ屋の隣にあるコンビ二から、袋片手に次元が出てきた。
 
袋の中でバーボンと日本酒とビールが、互いに擦れ合いカラカラと鳴る。
 
冷たい外気が顔を覆う。
 
「ううっ。くそ・・・寒みい・・・」
 
マフラーの中に次元は首をすくめた。
 
「全くルパンの野郎、人遣いが荒いったらありゃしねえや。
こういう重いもんはオレに買いに行かせて、自分は煙草の自販機でごまかしやがって」
 
そのルパンが買ってきたマルボロに手を伸ばす。
 
正月はルパンの一存で日本で過ごす事が決まった。お陰でペルメルの買い足しは年明けになりそうだ。
 
火を点せそうな場所を探し、次元は辺りを見回す。
 
すると。
 
そこに一人の男を見つける。
 
人波から頭一つ突き抜けた長身。正月には未だ早い着物姿。
 
「五右ェ門・・・?」
 
侍が立ち止まっているのは呉服屋の前。
 
店先に飾られた朱の晴れ着。
 
「セット・お徳用」
 
と書かれた筆書きの値札が、開閉ドアに煽られ揺れる。
 
背中を丸め、着物を見つめる真剣な眼差しに次元は思わずあっけにとられた。
 
「うーーむ。60万かっ」
 
巨大がま口を取り出し、五右ェ門は小さく呟く。
 
「よお、五右ェ門じゃねえか」
 
気付いた五右ェ門が顔を上げた。
 
「次元か」
 
「どうしたい女物の晴れ着なんか見て唸りやがって。
まさかルパンじゃあるめいし、来年あたり、趣味で女装でもはじめようってんじゃねえだろな」
 
五右ェ門の手の斬鉄剣がパチリと音を立てた。
 
「・・・・・腑抜けた事を申すな・・・・・」
 
ぞっとした次元はとびのいた。
 
「わ、悪い。冗談だよ。
大体お前みたいにガタイのいい男にそいつは小さすぎるしな。女に、だろ?」
 
慌てて両手を振り動かす次元に、五右ェ門は困った様に口ごもった。
 
「む・・・それがだな」
 
「はっ。揃いも揃って古風だねえ。で、相手はどんな女だ?」
 
先ほどのマルボロを口に銜え、大して興味なさそうに次元は火をつけ尋ねる。
 
「・・・男なのだ」
 
五右ェ門の一言に、次元の目が帽子から覗く。
 
「しかし、あやつにはこの朱が一番似合う」
 
想いを馳せる侍の眼差し。
 
嫌な予感がする。
 
こんな派手な色が似合って。
 
しかも男の癖に女物でも入る程の華奢な身体。
 
「おい、まさかそいつをプレゼントしようってのは」
 
「うむ」
 
侍は咳払いを一つした。
 
「ルパンに・・・と思ってな」
 
ポロリと煙草の灰が落ちる。
 
瞬間、次元の腕は五右ェ門の胸倉を掴んでいた。
 
歯がギリギリとマルボロを喰いちぎる。
 
「こ・・このお!お前こそふざけるな!
オレの・・・相棒のルパンを着せ替え人形にしようってのかっ!!」
 
その手を叩き落して五右ェ門は叫ぶ。
 
「馬鹿を言え次元!拙者は賭けに負けたのだ」
 
「賭け?」
 
侍は訳を話し始めた。
 
「ルパンの奴が不二子殿と初詣に行くと申してな。
不二子殿が着物を着るというので、お供致すのも着物を着た男の方が良いと申して」
 
「はん・・・あのお飾り好きな女狐らしいや。で?」
 
「ルパンは着物を持っておらん。そこで不二子殿が拙者に誘いを掛けて来た処、それを見ていたルパンが・・・」
 
「対抗してきたというわけか」
 
「さよう。拙者が賭けに負けたら、自分に着物を買ってこいと」
 
「何をやったんだ。ジャンケンか?」
 
「それには飽きたとサイコロで」
 
「妙だな。そいつならお前さんの方が得意だろ。どれ、そのサイコロってのを見せてみな」
 
五右ェ門が懐から取り出したサイコロ二つを、次元は幾度か転がした後じっと見つめる。
 
「やられたな五右ェ門。ルパンのいつもの手口だ。すり替えたんだよ」
 
「なんと」
 
「よく見ろ、全部丁になるよう裏表がインチキになってやがる。大方ポケットの中にでも偽物しのばせてすり替えたんじゃねえか。証拠を相手の手に残すってのが奴らしくもねえが、おめえさんが人を疑わねえ性格だって知ってのこったろう」
 
「ゆ、許せん!」
 
悲痛な五右ェ門の声に、次元はふと真面目に問う。
 
「何だ?そんなに峰不二子嬢とデートに行きたかったのか?」
 
五右ェ門の顔が染まった。
 
「ちっ、違う!断じてそんなっ。・・・ただ・・・男と男の勝負をあやつは、このような卑劣な真似で・・・」
 
ぶるぶる震える斬鉄剣を持つ手。巨大がま口についた鈴もちりちりと鳴る。
 
「ま、慣れるこったな。あいつにとっちゃイカサマなんて、靴下でも履いてるみたいに日常のことだぜ」
 
同情の目で次元は五右ェ門を見た。しかし疑問が抑え切れない。
 
「おい、でも何でルパンに女物なんだ?」
 
「それは・・・予算の都合でこれ以上は高すぎて・・・」
 
「なあるほどなあ」
 
 
店ももう閉まりかけている。
 
ある意味当然ともいえるが、五右ェ門はカードを持っていない。
 
今日中に用意しておかなければ、不二子との約束の時間にも間に合わないだろう。
 
ルパンは約束を守れなかった侍に対して
 
『武士に二言はないのではないか』
 
等と芝居がかった調子で更に難題を吹っかけてくるに違いない。
 
しかも今回のインチキにしても最後まで誤魔化すつもりで…。
 
 
袋の瓶がカラ、と動いた。
 
重い買い物。
 
次元の目がきらりと光った。
 
「よ、どうだい。ちょいと仕返しに乗らねえか」
 
「どういう事だ」
 
「オレが半分出そう。いつも騙されるばっかじゃな。
たまにはルパンをやりこめてえとはずっと思っていたんだオレも。いいか、これを買ってだな・・・」
 
次元はひそひそ悪巧みを話し始めた。
 
「よし。のった」
 
妙に明るい五右ェ門の顔。
 
お買い上げでございますかと店主の老人は既に傍らで待っていた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「で、なあんでこの俺様に女物の晴れ着なんか買ってくるのよ五右ェ門っ!」
 
真夜中。
 
寝ていたソファーの上に立ち上がり、ルパンは大きく両手を振り回す。
 
「オレはだなあ、お前さんなら絶―――対、着物に詳しい、だからオレに似合いの
カ――ッコいい―――着物を選んで来てくれると信じてだなあ・・・!」
 
「信じて・・・騙した訳だ」
 
壁際で聞いていた次元がおもむろに背を起こす。
 
「あら次元ちゃん居たの?やっだあ――!
もう騙すなんて人聞きの悪い。いやね、ちょ――っと頼んだだけよ、ほ〜んとだって。
ねっねっ。信じてってば次元ちゃ〜〜あんvvv」
 
ルパンは次元の広い肩にゴロゴロと頭を摺り寄せ、甘えるように腕を絡ませる。
 
しかし、今の次元には通用しない。
 
「はん、よく言うぜ。折角、五右ェ門先生がお前の為に見立ててきたんだ。
今更女装なんて恥ずかしくもねえだろが。変装でもしてると思え」
 
ルパンはぷうと頬を膨らませる。
 
「だ――めだったら!今回は不二子ちゃん直々お供してきて欲しい、って言ってきた訳なんだから・・・・。
くふふ。ま、早い話がデエトって奴ぅ?、イイでしょ?」
 
手を顎の下に添えてクスクス笑う。
 
侍はそれを無視して冷静に着物を広げてみせる。
 
「着てみろ。お主の為に買ってきたのだ」
 
朱の着物に金銀の帯。
 
あでやかな華の刺繍。
 
出来合いにしては生地も良い。
 
「そうそう、オレも半分出したしな」
 
その言葉にルパンはギクリとする。
 
「へえっ?!次元ちゃんまで?なんで又そんな・・・」
 
「なあに。ちょいと可愛い日本人形を見てみたくなったのさ」
 
「ええっ。か、可愛いって・・・お、オレの事・・・?」
 
「さよう。見てみろこの赤。お主にぴったりだぞ。安心しろ、着付けは拙者がやってやる」
 
おかしい。
 
二人の目つきが獲物を狙う様な目をしている。
 
ルパンの声も次第に上ずる。
 
「こんな派手な・・・目立ってしゃあねえでやんしょ」
 
「けっ。普段から真っ赤っかの闘牛士の風呂敷みたいなの着てるお前に言われたかねえや」
 
次元がジリジリとにじり寄る。
 
ルパンの額に滲み出す汗。
 
「やっだ!や―――だってば!
大体、おま――ら勘違いしてっだろ?変装と普段とは、気の持ちようが違うのっ!」
 
必死に逃げ口上を探る。
 
「ちっ。埒があかねえや。五右ェ門、こうなったら無理やりにでもやっちまおうぜ!」
 
「心得た」
 
じわりとルパンを囲む二人。
 
「わわわ、よ、よせよおい、何だって・・・そんなお前ら二人がかりで」
 
「そう。二人がかりでルパンちゃんにおめかしさせてやりたいと思ったのっ」
 
マルボロを銜えたまま、にやりと次元の歯が覗く。
 
「じ、次元・・・」
 
後ずさるルパン。
 
「早く脱げルパン。何をぼさっとしておる。服を着たままではやれぬだろう」
 
五右ェ門の口調まで殺気立ってきた。
 
おろおろと懇願の眼差しを向けるが、最早、相棒二人の鼻息は荒い。
 
「え・・・いやっ・・・」
 
「どうしても脱がぬというなら・・・きええええええ!」
 
細い身体を、斬鉄剣が滑り煌めく。
 
「わわわのわ――――!」
 
そこに現れたのは、輝くばかりの白い肌。
 
パンツ一枚の裸体がガチガチと震える。
 
「へえええくしょ――――!」
 
寒さをこらえる為胸を隠すと、ルパンは慌てて逃げ出した。
 
「待たぬかっ!」
 
「のがさねえっ!」
 
狭い部屋の中、本気の男二人にたちまち挟まれる。
 
「いやああああ――――――ッツ!やめて―――っ!!」
 
揃って襲い掛かった相棒二人。
 
下敷きとなったルパン。
 
絶叫が、床の上でこだました。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
新年早々、バカな話を始めてしまった。コバキヨさん、お誕生日おめでとうございます!記念に何か書いてみようと思い立ちました。正月は遥か遥か遥か彼方に過ぎたけどぜーーんぜん気にしない。不二子に甘いルパンは好きじゃないのですが、この場合はそういうルパンちゃんにお仕置きをしてやろうと思ったのでこれでいいのです。微妙にフジゴエをプラス(笑)どうも私はこういう台詞集みたいのしか書けないみたいだ。 2005.1.11
 
 

前頁 路 次頁