「早くしろルパン」
「置いてゆくぞ」
よたよたと歩くルパンに相棒の二人はしてやったりと顔を見合わせる。
「待って。こいつ、歩きにくいったら」
ちょこちょこと歩を進めるルパン。
帯が苦しいのもあるのか、今にも泣き出しそうな目だ。
「あーあ。不二子とデート出来ないなら、完璧女に変装しておきたいのに。
これじゃまるでオカマじゃないのよ――!」
「いいや。立派に女に見える。そう恥ずかしがるな」
いい加減に次元は答える。
「無理やり車に引っ張り込みやがって・・・」
その後もルパンはこの着物によって泣かされる羽目になった。
何せ、思うように身動きがとれない。
完全に主導権を次元と五右ェ門に握られ、嫌々ながらもいいなりについて行く。
じろじろと見て見ぬ振りの視線が刺さる。
『ねえねえ。あの人、女?男?』
くすくすと笑う若い女の声。
屈辱で逃げ出したい気分だが走る事もままならない。
身体に隠し持っていた変装用具も、五右ェ門に真っ裸にされた時一緒に散ってしまった。
縄抜けなら幾度も経験してるが着付けは初めて。
どうしたらほどけるのか判らないほどガッチリ締まっている。
第一、こんな寒い中を裸になるのはゴメンだし、ましてや若い可愛子ちゃんも居る人ごみの中で。
仕事なら兎も角、今のオレはどうやっても変態にしかならねえ・・・。
がっくりと項垂れる。
腹がすいたとおでんや雑煮を頼んでも帯がきつくて入らない。
ぐうぐう鳴る腹を前に涼しい顔で食事をする次元と五右ェ門を、恨めしげにルパンは見ていた。
◇
賽銭箱に硬貨を入れた後、石畳をルパンは鳩の群れを避けながら歩いていた。
ゆったりとした足取り乍ら、ずんずん先を遠ざかっていく相棒二人の後を追う。
男というのは、女の歩幅の事など考えないものらしい。
疲れて立ちすくんだルパンにようやく男二人は振り返って早く来いよと手招きする。
突如その後ろから
「お嬢さん。写真撮らない?」
写真屋がルパンを呼び止めた。
「可愛い女の子にはね、おじさん特に安くしとくんだよ」
馴れ馴れしく調子のいいおだてに断ろうとすると
「よいではないか。拙者が払おう。頼む」
五右ェ門がすっと間に入った。
次元もルパンを守るように前に出る。
やはり女の姿のルパンが男から声を掛けられるのは不安のようだ。
写真屋の男が堅気でないことはすぐに判った。
絡まれぬうち追い払ってしまおうという腹か。
ルパンは無理やり五右ェ門に突き出されてしまった。
携帯の写真やデジカメで商売あがったりなのだろう。
「もっとこっち向いて」
「笑って」
等と大張り切りで注文をつける写真屋にルパンは居たたまれない。
なのにその場をさっさと離れる事すらもろくに出来ない。
ひきつった笑顔を何度も駄目出しされ、とうとうしょんぼりとうつむいた時にパチリとシャッターが下りた。
「写真は拙者が受け取っておく。次元、ルパンに何か食べられる物でも買ってきてやったらどうだ?」
「そうだな。汁粉なんかいいかもしれねえ」
いつにも増しての連携プレーにルパンは流石に首をかしげた。
だが、その考えも半ばで途切れる羽目になるのだが。
◇
「神様、仏様、ご先祖様!今年こそはルパンを逮捕出来ます様に!」
パン、パンと手を打つ袴姿の銭形の横で、新しく銭形直属の部下となった若いビッキーは見よう見真似で手のひらを叩いていた。
ビッキーも銭形に誘われ、ルパン逮捕の願掛けに来たのだった。
日本で暮らし始めて間もないビッキーを銭形は息子の様に住む場所から何から世話した。
ビッキーも今日は銭形の若かった頃に着ていたお古の袴をはいている。
二人はやっとの思いで並んだ列から買った焼餅を立ったままで食べはじめた。
「警部。ルパンは正月、日本で過ごす事が多いって本当ですか」
べたべたする餅を食べにくそうにビッキーは伸ばしつつ、銭形に聞く。
「おお。奴にはな、五右ェ門という侍がついておってな。ああ見えて奴は意外と相棒に気を遣うタイプなんだ。しかもルパンの周りをうろちょろしとる峰不二子という女がこれまた派手好きで、こういう機会にこそとばかり着物を着たがるんだよ。そうそう、丁度ああいう着物をな・・・」
と、指差したその先には。
「ル、ルパン!」
「と、とっつあん!?」
「きっさま――!それで女に化けてワシの目を欺いたつもりかっ、なめんじゃねえ!
御用だっ。神妙にお縄につけっ」
ルパンの為に汁粉を買っていた次元は、遠目からその様子を垣間見た。
「ち、やばいぜこりゃあ・・・」
「やばっ。逃げなきゃ」
くるりと背を向けるルパン。
「待たんかこのっ!」
初詣の人ごみに紛れ、銭形は思うように追えない事に苛立つ。
それはルパンも同じで。
いや、それ以上に締め上げられた着付けが苦しくて走れないのだ。
はき慣れない草履もぺたぺたと歩みが遅い。
次元は群集を掻き分け、マグナムで銭形の足先を狙おうとするが、当然そんなのは見えるわけもなく。
一般人に当たらないようするのも神業に近く。
「畜生っ。人ごみが多くて狙いが定まらねえ。五右ェ門、いるかっ!?」
助太刀を呼んだ直後、ガチャンと金属音がした。
「捕まえたっ!」
銭形の放った投げ手錠が、ルパンの御太鼓に掛かったのだ。
もがくルパン。
帯を手繰り寄せる銭形。
「のがさん!」
引き寄せようと一気に帯をひっぱりあげた。
しかし。
「ああれええ〜〜〜〜!!!」
とたんに帯がほどけて、ルパンはクルクルと独楽の様に回り始めた。
どう、と人がよける。
「しめた、今のうちだ五右ェ門!」
ガンマンの合図。
シャキ―――ン。
空から舞い降りた五右ェ門が帯を切り裂いた。
勢いに乗って回り続けるルパン。
次元が駆け寄る。
「行けっ次元。ルパンを連れて逃げろ」
五右ェ門が叫ぶ。
「おう、すまねえ五右ェ門」
倒れ掛かるルパンを次元は両腕で抱きしめた。
「くっそ――っ!待ちやがれコソ泥め!」
銭形の怒鳴り声。
「銭形!拙者がお相手致す」
行く手を阻む侍。
にらみ合う男の闘いにひとたび離れた群集は、わらわらと観客となって集まる。
「行くぞルパン。しっかりしろ」
次元はルパンの手を握ると全速力で駆け出した。
だが、帯にクルクル、をやられたルパンは目を回してふらふらしている。足元もおぼつかない。
「くそっ。こんなんじゃお仕置きなんて考えるんじゃなかったぜ」
振り返ると鬼警部・銭形は五右ェ門の腕に手錠をかけ、互いに一歩も譲らず引き合っていた。
銭形の部下ビッキーは無線を鳴らしている。
パトカーのサイレンも遠くから聞こえてくる。
周りは相変わらず、人、人、人の群れ。
このままだと追いつかれる。
次元の目は鷹の様に逃げ道を探す。
そして眼下に無人の場所を見る。
階段の下に広がる堀。
僅かながら冬でも茂った草木をとらえた。
「捕まれ、ルパン!」
次元はルパンを抱きかかえると一気に飛び降りた・・・・・。
◇
「も――着物なんて着ないんだからっオレ!」
憤慨するルパンに、次元は読みかけの新聞から顔を上げた。
「ま、そう言うな。銭形が現れたのは計算外だったけどな。上手い事逃げられたんだ、誰のお陰だと思ってるんだよ」
「そりゃま、次元ちゃんのお陰だけど・・・計算?・・・計算外ってどういうこったい」
すごむルパンに次元はくく、と笑いをこらえた。
「あん時のお前ったらよ、目え回してるのをいい事にオレに必死でしがみ付きやがって。見ろよ、この首の辺り。痣みてえになっちまった」
「な・・・捕まれって言ったのお前だろがっ」
あたふたとルパンが返す。
「拙者も計算外だった」
五右ェ門が手にしてる物は、晴れ着姿のルパンの記念写真。
恥ずかしがり、ほんの少しうつむいたその後ろには、襟から覗くほっそり柔らかなうなじ。
「ほう、いい写真だな。不二子にも見せてやったらどうだ?」
次元の言葉にルパンは真っ赤になった。
「ばかっ。よこしなさいってば!」
写真を掴もうと手を伸ばす。
それをかわしつつ、次元と五右ェ門は愉快そうに声を立てて笑った。
END.
結局徹夜してしまった。しかし・・・・改めて見ると、これって萌え話といえるのか?(言うな)帯でクルクルってのを一度ルパンちゃんでやってみたかった。ベタだからひょっとして、あちこちでやられてるネタかもしれないけど、まあお約束ですから。健全モードでは男っぽいゴエさんとカッコいい銭さんの対決が書けて嬉しかったです。(私の中ではこれでもカッコいいの!)この話、打ってる間フリーズが多くて泣きたくなりました。小説部屋はしばらく放置予定だったので、ひとまず物を置けただけでも良かったかな。 2005.1.12
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