1      555M vol.1

 
 
 
 
強風になぶられる巨大な展望塔。
 
それが今回の俺たちの仕事場だった。
 
海岸線沿に建つそいつの周りでは、咽喉を軋ませカモメが泳いでた。
 
 
 
真向かいに建つ、工事中のビルのてっぺん。
 
俺は工事現場のクレーン・ハンドルに肘をかけ、
 
ひょろ長いガラスのボディの上に、丸い金魚鉢のような部屋をしつらえた、「そいつ」を眺める。
 
鋼鉄がぶつかり合う音だけが地底から、心臓の鼓動のように天に放たれる。
 
口からこぼれるペルメルの煤けた煙は、青ざめた雲に向かって流れてく。
 
 
 
そそり立つ塔を見やる。
 
距離は555メートル。
 
狙いは正面。ウィンドウ・グラス。
 
特殊強化ガラス製のあの金魚鉢の中には、今夜、唸るほどの宝石が眠りにつく予定だ。
 
表の看板が読める。 『ダイヤモンド・オークション会場・・・マリンタワー』
 
そういや此処の空気も水のように澄んで、冷たい。
 
 
 
 
不二子が今朝警察内部のデータ室で、手頃なルパン・ファイルを壊してきた。
 
鬼警部・銭形は、担当部下の電話で呼び出された。
 
代わりにルパンが鬼の面を被り、管理人にもう一度会場を見たいと交渉する。
 
人気のない展望台のエレベーターがするすると二人を乗せて、ウィンドウ・グラスの部屋へ赴く。
 
展望階。
 
ルパンは俺が動かすクレーンから真直ぐラインを敷いた金魚鉢の壁に、後ろ向きに立った。
 
あそこか。
 
キスマークがわりの赤い射的のシールを、ルパンは俺に向かってグラスに付けて見せた。
 
奴の潜入タイムリミットは30分。
 
俺の持ち場は2ヶ月も前から此処だってのに。
 
 
 
「おい、さぼるな新人」
 
 
 
工事現場の監督が怒鳴った。
 
いけねえ。
 
俺は小型の望遠レンズを尻のポケットに突っ込むと、黄色い金属帽を被りなおす。
 
ハンドルを動かす。
 
鉄筋を機械の歯にかませ、次々に天空へと積んでゆく。
 
午後の終了の合図にあわせてクレーン・エンジンを止めた。
 
そう、こいつの伸びきった首筋は、丁度あの先の金魚鉢。
 
 
 
 
 
 
 
 
夕べの宵闇は春の嵐を連れていた。
 
横倒しになって千切れそうな草っ原で俺たちは互いに離れて立つ。
 
額のど真ん中に射的マークをつけたルパン。
 
振り返ると、ライフルを構えた俺に挑発する。
 
 
 
 
「やれるか、次元」
 
 
「無理だと言ったら」
 
 
「お前は言わねえさ」
 
 
「だったら聞くなよ」
 
 
 
 
ああ、俺が初めてお前を抱いた時も、そんな目をして笑ってたっけな。
 
以来、そこに這わせた唇が気付いちまった事を、あのモンキー面に言えないでいる。
 
 
 
「だったら聞くなよ」・・・・か。
 
 
 
そうだな。
 
お前を抱くたび思い出すあの幻。
 
再び甦りそうになる幼い記憶を、俺はライフルの破音で撃ち破った。
 
ルパンの額から白い煙が昇る。
 
いや、正確にはその前に立たせた、塔よりも薄いモデルグラスから。
 
ルパンの射的マークにぴたりと照準を合わせ、グラスに食い込んだ弾丸。
 
散歩でもするようにルパンは軽く近づき、額で落とした。
 
 
 
 
俺は自転車で坂を駆け下りる。
 
ルパンには珍しい、薄紫のコートが前を行く。
 
お前がどんな姿で居ようと、俺はここに居る。
 
あの日も、そう思った。でもそいつは。
 
 
『お前は言わねえさ』
 
 
ルパンの言葉に、想いが漏れかけた口を塞ぐ。
 
想いは行き場を見失い、次第に過去へと遡って行く。
 
 
 
 
 
 
 
 
あれは幾つの時だったか。
 
小さなヘリの中で呼びかける親父の声が、まどろむ俺の夢を途切れさせた。
 
海洋に浮かぶ孤島「ルパン帝国」。
 
辿り着いた先は岩だらけの海岸。
 
垂れ込めた、霧。
 
黒いベンツで待っていた男達は俺たちに乗れと目で合図した。
 
走る先に見えてきたものは、大きな古い屋敷。
 
頑丈な石造りの門から甘い花の濃香が漏れる。
 
アルセーヌの薔薇園。
 
その側を通り過ぎたベンツは屋敷の前でドアを開いた。
 
女が一人、佇んでいた。
 
日本人だ。霧が深くて顔がよく見えない。
 
しかし時折翳みにのぞく、黒い瞳が印象的だった。
 
親父は近づくと膝まづき、手に口付けた。
 
粗野な親父の初めて見る高貴な振る舞いに俺は驚き、ぼんやりとけむる二人を眺める。
 
 
 
「主人は亡くなりました。キングが殺めたという噂はあっても、二世なき今権力争いも凄惨を極め、女一人ではどうする事も出来ません」
 
「お気の毒に奥様。二世様にご恩返し出きることがあれば」
 
「・・・息子さんですの、次元」
 
 
女は俺に視線を変え、親父は膝まづいたまま振り返った。
 
 
「はい、大介です。今年で7歳。妻は酒に溺れて他の男の処に行きました。齢の離れた兄と、やや病弱な妹がおります。三世様のお相手をするには一番適した子供かと思いまして連れてまいりました」
 
 
親父は手招きし、俺は恐る恐る二人の待つ場所へと進む。
 
 
「残った三世はあの子だけですの。一世が正式に私を二世の妻だと認めてくれないうちはまだ外に出せませんが、かえって好都合でした。キングは正当な方法で帝国を乗っ取るつもりです。私ではなく、アルセーヌの血を受け継ぐ娘と婚姻する事で・・・」
 
 
 
近づいた二人の大人の頭は7歳の子供には遠すぎた。
 
女の声だけが、囁くように霧の合間から聞こえてくる。
 
 
 
 
「しかし、そうはさせません。どんな手を使ってでも主人の墓のあるこの帝国とあの子を守ってみせます」
 
 
 
 
女を見る親父の目が少し、淋しそうな陰りを見せたのは、俺の気のせいだったろうか。
 
 
 
 
 
 
 
 
工事現場から帰宅の小型トラックを走らせ、俺は銃器店に立ち寄った。
 
今夜。風力3。アゲンスト。
 
二ヶ月間、身体に覚えさせた浮遊感と、展望台への距離。
 
モデルグラスの弾の貫通を計算する。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
ライフルはレミントンM40A1-カスタム。
 
 
決まると弾箱をしこたま買い込んだ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
判っているのはそれだけだ。
 
7歳の時の記憶なぞ、本物かどうか俺にも判りはしねえ。
 
ましてや、それより幼い子供・・・ルパンともなれば。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
夕べの夜風に誘われた幻を、振り切るように俺はアクセルを踏んだ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
なおぞうさんからのリクエスト次元一人称物です最初にお断りしておきたいのですが今回、一度やってみたかった場面や時間が次々と飛ぶ実験方式を試みています。読みにくい方もいらっしゃるかもしれませんが、あえて最初から細かい説明をするのは避けました。読んでるうちすこしずつ全体がみえてくればいいかなあと。 これ、どこまで公式設定を取り入れるか迷いました。公式はどうも横浜のマリンタワーを元にしてるみたいです。私的には絵的にマンハッタンのビル街をイメージしたのだけど、カモメの登場に負けました(笑)公式設定が細かいと、それにとらわれて発想が窮屈になる場合もあるみたいです。 2005.3.13
 

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