2      555M vol.2
 
 
 
 
予告当日。
 
ダイヤモンド・オークション会場であるマリンタワーの周囲には、何台ものパトロール・カーが集まっていた。
 
 
 
銭形はビッキーを連れて展望台に昇った。
 
エレベーターの中で、銭形は防犯システムの書類に目を通しながらビッキーに言う。
 
「これからはファイルの管理責任はお前がやれ。ルパンが現れるというのに下らん操作ミスで現場を離れるなんざ、もう御免だからな」
 
「はい。まだ宝石が運び込まれないうちで良かったですね」
 
 
 
 
エレベーターは最上階で停まった。
 
ドアが開く。
 
天空に囲まれたガラスの部屋。
 
 
 
 
銭形はセキュリティー・ルームに内線をとばし、防犯スイッチを解除させる。
 
腰を落とすと書類を見ながら床に手の平をついた。
 
「セキュリティーは天井と床と、防弾ガラスか。宝石が運ばれた後、部屋には高圧電流が流れ、特殊製法のこのガラスはダイナマイトでも破壊不可能・・・」
 
 
 
 
銭形は立ち上がるとガラスの側へと歩き出した。
 
正面に工事中のビルがあり、頂上ではクレーンの細長い首がこちらに向かって伸びている。
 
ゆらゆらと小刻みに風に揺れている。
 
銭形はビッキーに向き直った。
 
 
 
「こんな高圧電流の仕掛けなんぞ、一度だって役に立った試しがねえ。おそらく奴が侵入出来るとしたらエレベーターだ。出入り口が判ればあえて侵入させといて閉じ込めるという手もある。重い荷物を抱え、現行犯なら逮捕もしやすいからな」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
夕凪。
 
 
闇の影がゆるやかに陽射しを溶かしてゆく。
 
俺は工事現場を塞ぐ鍵を開け、現場の電源スイッチを入れた。
 
ガタンと金属の呼吸が始まる。
 
クレーンの待つてっぺん目指し、簡易なワゴン車で空へと昇る。
 
 
 
 
 
 
 
 
煌めきはじめた、眼下の街。
 
夜に紛れる黒装束に、皮膚に吸い付く皮の手袋。
 
相棒のカスタム・ライフル。
 
 
 
 
 
 
 
 
クレーンによじ登り、腹ばいになって先へと進む。
 
カモメが俺の頭上で唄う。
 
 
「安心しな。獲物はお前らじゃねえよ」
 
 
スコープを覗く。
 
照準。555M先の塔。
 
担いできた重いリュックの中から、じゃらじゃらとカスタム仕様の弾箱を並べる。
 
お徳用だ。足りるかな。
 
全弾に、破壊力をあげる特製の火薬を喰わせた。細工を終えたのは朝方だ。
 
やがてカモメの姿も闇に紛れていなくなった。
 
 
 
 
『次元、聞こえるか』
 
『ああ』
 
 
 
 
隣に置いたレシーバーから恋人の声が聞こえる。
 
ライトの点滅が展望台の下で交差している。
 
オークション会場に運ばれていくダイヤモンド。
 
 
 
 
『始めるぞ、次元。五右ェ門』
 
 
 
 
その言葉と同時に俺は弾を放った。
 
狙いはウィンドウ・グラスに付けられたルパンの赤いキスマークだ。
 
俺は弾丸でいくらでも口付けを繰り返してやる。
 
ただ、そこだけに。
 
 
 
 
1発・・・・2発・・・・3発・・・・。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
淡々と続く引き金の作動。
 
夜に混じる潮の匂いと繰り返される口付けに、俺の想いは再びあの霧の中へと飛んだ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
ルパン帝国は7つの子供には退屈すぎた。
 
周りにいるのは大人ばかりで子供の姿がなかった。
 
海岸から運ばれる冷たい潮の香。
 
親父は女と連れ立って霧の中を歩き出し、俺はいかめしい屋敷のソファーで座って待つように言われた。
 
 
 
 
何十分経っても二人は戻ってこなかった。
 
 
 
 
俺は遊び相手欲しさに立ち上がると、アルセーヌの屋敷内を端から見て回った。
 
 
中世の鎧。
 
真鍮の置物。
 
大きな振り子を揺さぶる柱時計。
 
どの部屋の扉も重たく頑丈に閉じられ、開く気配すらない。
 
 
 
 
俺は行き場のない身をもてあましていた。
 
吹き抜けの丸天井へ続く螺旋階段へ足を掛ける。
 
階段を一つずつのぼりながら壁に掛けられた絵画を眺める。
 
古めかしい油絵はどれも苔むした色に変色していた。
 
描かれた人物達を逃さんばかりに、重厚な枠に嵌められている。
 
 
 
 
その中で、比較的新しいと思われる写真が目を引いた。
 
東洋の黒髪の女が小さな子供を抱いていた。
 
その隣には薄く口ひげを生やした男が立っている。
 
アルセーヌ二世だ。
 
直感で、そう思った。
 
子供はまだ2、3歳ってとこだ。白いレースのスカートを穿いているところを見ると、女の子だろうか。
 
女に似た黒い瞳に西洋人特有の透き通るような肌。
 
あどけない表情が俺の心をうっとりさせた。
 
こんなに小さいのに、既に美しい華の蕾を思わせる。
 
そういや混血児は綺麗だって、いつか親父から聞いたことがある。
 
 
 
「何をしている」
 
 
しゃがれた男の声に俺は振り向いた。
 
ランプを片手にやぶ睨みの小さな老人が、階段下から見上げていた。
 
「やたら此処をうろちょろしてはならん。出て行け!」
 
そのとたん、柱時計の鐘が響いた。
 
 
 
ガァン・・・・ガァン・・・・・・・・・・。
 
 
 
まるで断罪を告げる木槌の音。
 
俺は噛み付かれた鼠みたいに逃げ出した。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
気が付くとそこは、アルセーヌの薔薇園のある路だった。
 
何処までも続く高い石壁、尖った鉄の門が俺の足取りを更に重くした。
 
侵入を拒む塀の連なりに俺はどこかの子供が開けてくれた穴はないかと探して廻る。
 
 
人影。
 
 
ひとりの老婦人が門の鍵を開けて入っていった。
 
上品そうな白髪のその女は門を閉めるとそのまま場を離れる。
 
もしや。
 
高揚する気持ちを抑えきれず近づくと、門は重たそうに内側へ開いてくれた。
 
俺は、敷地の土に靴を落とした。
 
悪いいたずらをする時のように胸が高鳴った。
 
辺り一面色とりどりの薔薇の庭。そして垣根。
 
むせかえる芳香に眩暈すら覚える。
 
広い。が、誰も居ない。
 
さっきの老婦人の陰を探して、俺は枯れ落ちた花びらが散り撒かれた砂利道を、とぼとぼと進んだ。
 
ふいに子供の笑い声が聞こえた。
 
弾けそうになる心臓を抑え、俺は垣根に身を潜める。
 
遠くからさっきの老婦人と、その手に繋がれた幼い少女の姿が見てとれた。
 
あれは。
 
写真の子によく似ていた。だが、蕾だった子供はその花弁を更に大きく開き始めていた。
 
香りすら漂ってきそうな程に。
 
薄桃色のドレスと肩まで伸びたブルネットの髪。
 
それを僅かに掬い取り、細いリボンが束ねていた。
 
大きな、フランス人形を抱えている。
 
子供には贅沢過ぎる高級な人形という事は7つの少年にもすぐに見て取れた。
 
女の子と婦人は庭にあるベンチに座った。女の子は人形にもそこに座らせた。
 
薔薇の花びらをちぎり、人形の唇に押し付けたり、数枚人形の座った前に置いてやったりしてる。
 
おままごとでもしてるらしい。
 
老婦人はにこやかにそれを見ていたが、やがて女の子に何か語りかけると入ってきた門に歩き出そうとした。
 
とたんに女の子は婦人のスカートを掴み、引き戻そうとし始めた。
 
「行っちゃやだ。まだ一緒に居て、おばあちゃん」
 
婦人は困ったように女の子の前に身をかがめた。
 
「また来るから、ね、ミレーヌ。あなたも三世になるのだったら、いつもそんなに泣いてちゃ駄目よ」
 
ミレーヌ?三世?
 
それがあの子の名前なのか。
 
女の子は目を潤ませて庭にある母屋に消えた。
 
母屋は泣声を奏でるオルゴールのようだった。
 
婦人はそっと息をつくと、門を開いた。
 
まずい。閉じ込められる。
 
侵入者ということも忘れ、俺はその姿を追った。
 
門の近くで婦人は立ち止まってこちらを見ている。
 
俺はバツの悪さに夫人の前で、言い訳めいた呼吸を激しくしてみせた。
 
膝を折ってしゃがみ込む俺に婦人は笑った。
 
「門の側で貴方が入りたがっているのが見えたのよ。どうやら悪い子ではなさそうね。よかったらこれからもこの時間にいらっしゃい。ミレーヌも遊び相手が出来て嬉しいでしょう。でも、この事は誰にも言っちゃ駄目よ。でないと殺されてしまうからね」
 
殺す、という言葉が上品な老婦人の口から出たことに俺はぎょっとする。
 
婦人は微笑みながら霧をまとって立ち去った。
 
 
 
 
 
帰ってみると親父が屋敷で俺を待っていた。
 
俺の頬を黙って一発張った後、再びベンツに乗るように言われた。
 
この島にも街があるらしい。これからは其処で暮らすのだという。
 
俺は尋ねた。
 
「僕達は此処に何しに来たの」
 
「俺は二世夫人の下で働く。お前は三世様の遊び相手だ。色々お世話して差し上げろ」
 
「三世って女の子?」
 
聞いた後、俺はしまったと口を塞いだ。だが親父は無表情に返しただけだった。
 
「女の子?二世様のお子に女の子はいない。ルパンを襲名されるまでは表には出て来れんが、お前より3つ位下の男の子だよ」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
クレーンが右に大きく傾いた。
 
俺ははっと我に返る。
 
引き金の指は折り曲がったまま止まった。
 
向かい風。
 
特注品とはいえ、ライフルの何発かは風に押しやられ減速しているのだろう。
 
俺はリュックのポケットからクール・ダウン用のシートを取り出す。
 
瞼にあてる。
 
ひんやりしたシートがスコープを覗き続ける左目とウインクに疲れた右目を癒す。
 
何時の間にか空は夜だった。
 
今頃ルパンは地下に潜り、エレベーターの横壁に穴を開けている。
 
エレベーターの底に穴をあけ、そこから忍び込む。
 
あとはそいつをうまく五右ェ門が上に行かせてやればいいだけの話。
 
 
 
 
 
石川の・・・・五右ェ門か。
 
 
 
 
 
ふいに掻き毟られるような胸苦しさを覚えた。
 
泥棒が無事に最上階に着くまで、そしてそこから盗んだ宝石ごと連れ出すまで、奴はずっとルパンの側にいるんだ。
 
孤独な引き金の往復が益々その憤りを増幅させる。
 
 
 
 
 
あの侍は知っているのか。ルパンの正体を。
 
 
 
 
 
ルパンが、あの侍にも抱かれているのかどうかは、俺も知らない。
 
だが、抱いていようがいるまいが、その姿の嘘くらい気付いてもいい頃だ。
 
俺たちは本物の男だからな。
 
いかに変装の達人とはいえ、奴はあまりにも俺たちと長く居すぎた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
51発目。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
弾が50発を超えた。
 
銃身が熱を帯びる。
 
口付けを交わし、抱き合う俺とルパンのように。
 
キスに火照った身体を夜風に冷やし、新しい弾をこめる。
 
 
 
 
 
 
だが、こいつは侍も知らないだろう。
 
今の奴は俺よりも、お前に惹かれてるって事は。
 
昔出会ったあの少女の瞳。侍を見る眼差しに時折浮かぶ。
 
 
どうすれば其処に辿り着けるのか。
 
先が見えない。
 
あの霧の中と同じ。
 
強固なガラスに閉じ込められた、幼い日のお前の記憶。
 
 
 
 
 
 
 
 
がちゃり。
 
 
 
 
 
 
 
 
二人の間を裂くように、今までより荒っぽく引き金を引いた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
ガラスを砕くのは、俺だ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
長い文章になると自分の語彙が如何に貧弱かを思い知らされる。同じようなフレーズが出やすくなりますねえ; 公式では次元のライフルはレミントン、弾箱はウィンチェスターになってます。しかしどちらにしても、555m先で向かい風で何十発連射でも大丈夫って銃ってあるのかいな、という疑問が。あっても知らないし、いい加減調べるのも疲れたし、だったら無理やりカスタムしたそーーゆーー銃が出来ちゃった、って設定にしちゃった方がつっこみ出にくい。そうしちゃえと・・・(いつかコルトは銃マニアから撃たれます) ライフルについては本気で正確な情報を求めてるのだけど、そうするとこの話自体成り立たなくなってつまんないかも。色々銃って調べてみると面白いですね。次元のM19は実は違うというマニアの論文があったりとか、弾を発射した後、銃身は物凄く熱くなるので、裸で腰に収めたりしたら火傷は必至で、ホルスターは火傷を避ける意味もあるのだとか。でも、腰に裸で無造作に突っ込んでも次元は絵になるんですよね。リアル考証と味わい優先のバランスって難しい。 2005.3.23
 

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