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第1話
 
 
 
ルパンが昼過ぎに起きてリビングに入ると、次元がソファーに寝そべり本を読んでいた。
 
見慣れたいつものポーズだが、何かが違う。
 
雑誌の表紙には珍しく水着姿の若い女が載っていた。
 
豊満な胸の谷間が次元の無骨な指の下にあった。
 
ページを捲るたび、次元の指が女の胸に触れる。
 
女は勝ち誇った顔をして、すました笑みをルパンに投げていた。
 
 
 
 
ルパンはこの男にどう、声をかけようか考える。
 
心の内を悟られないよう気配を消して近づくと
 
次元から勢い良く女の身体を引き離した。
 
 
 
 
 
 
 
 
「わっ」
 
 
 
 
 
 
 
 
次元が驚いて帽子の下から眼を覗かせる。
 
 
 
「うほおーー次元ちゃんのエッチ。
女嫌いだなんて言っておきながら
こりゃまたムチムチのピッチピチじゃないのよ。
さあすが美女!」
 
 
 
ルパンは少しだけ意地悪な
だがしてやったりの勝利の笑みを女に返す。
 
 
 
しばしふざけて子供じみた本の掴み合いを演じた後
次元は諦めたように再びソファーに横たわり帽子を真上にするとポンと顔に落とした。
 
 
 
 
 
 
 
 
「・・・・ったく、しょうがねえなあ」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
次元がこうした態度を取る時は、たいして気にしてない。
しばらくすると忘れてしまっている。
 
 
 
 
 
 
 
 
そう。
 
きっとこの女に手をのばしたのも、
 
その程度の気持ちなんだ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
ルパンの部屋のクローゼットには
 
次元の買ってきたそんな雑誌の表紙モデルたちが数冊
 
退屈そうに散らばっている。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
第2話
 
 
 
 
次元は時々アジトに戻ると女と暮してるような気分になることがある。
 
何故だろう。
 
ある日もまたキッチンでそんな気分に取り付かれ、じっくり見回してみた。
 
気付くと棚の隅や椅子の上に辺りにそぐわない本が置いてあったりする。
 
 
 
 
 
女性向けのファッション雑誌。
 
通販のカタログ。
 
お菓子の作り方。
 
 
 
 
大泥棒のアジトに似つかわしくも無い可愛らしい装丁や写真。
 
何度も読んだ後から見て、不二子の残していった物ではなさそうだ。
 
 
 
 
 
 
ルパンか。
 
 
 
 
 
 
次元は何気なくページを捲ってみた。
 
ファッション誌や通販カタログは判る。
仕事をする時の変装用の衣装として必要だからだ。
 
あちこちにペンで丸がしてあったり角に折り目がついていたりする。
 
 
 
研究熱心なこった。
 
 
 
お菓子の作り方の本は一見意外に思えてそうでもない。
 
ああみえてルパンは趣味で料理をよく作る。
 
だがこのキッチンでルパンが作った菓子の類を目にすることは滅多になかった。
 
はじめてルパンがクッキーを焼いたからと次元に勧めたのはいつのことだったか。
 
甘い物が嫌いだという次元は何の気なしにやんわり断った。
 
ところがその時ルパンが
 
 
 
 
「ほんとは不二子ちゃんへあげるんだもんね。お前は味見役」
 
 
 
 
なんてほざいたんで、次元も意地になって一切の甘い物を口にしようとしないでいる。
 
去年も何かここで甘ったるい匂いをさせてたが、結局出来上がりを目にすることはなかった。
 
その時ルパンが何か次元に話しかけたそうだったのだが、あえて避けて知らんふりしていたのだ。
 
また女にやるための甘ったるい菓子なんかの、実験台になるなんてまっぴら御免だ。
 
そう考えながら菓子の作り方の本を捲っていた次元の手が、ふと止まった。
 
 
 
 
 
 
「たらいま〜〜」
 
 
能天気なルパンの声が玄関から響いた。
 
冷蔵庫のドアを開けようと身をかがめたルパンは、そこで自分の本を手にしてる次元を見つける。
 
 
「な・・・」
 
 
とまどうようにルパンの手が止まった。
 
 
「よう、お前女装趣味なんてあったのか?」
 
 
わざと、可愛らしいレースのスカート写真が載った、折り目のページをみせながら次元はからかう。
 
冗談で言ったつもりだが、ひょっとしたら図星だったのかもしれない。
 
ルパンの顔が一瞬こわばり、そして耳たぶが赤くなっていく。
 
 
「・・・ちが・・・・っ。それは女装した時のファッションを考える時の参考書で・・・」
 
 
 
見られて困るものをその辺に面倒臭げに放り出しておく気も知れないが、まさか次元がそんな女性向の本に興味を示し中を開いてみるなんて思いもしなかったのだろう。
 
 
 
冷静さを努めて装ってはいるが、その口調は可笑しいほどおろおろとしている。
 
 
 
「こっちの通販もか?新色の口紅に・・・ストッキング」
 
 
 
たたみかけるように次元は同じく折り目のついたカタログのページをルパンに翳してみる。
 
ルパンは汗を肌に滲ませた。
 
 
 
「だーーかーーらーーッ!!変装用の小道具だってば。仕事なの、仕事。変な勘ぐりなんかしなくていいんだってば!!」
 
 
 
ファッション誌とカタログを次元の手から引き抜くとルパンは踵をかえして部屋へ行こうとしたが、最後に次元はお菓子の本を開いて見せた。
 
 
 
 
 
「これも仕事か?」
 
 
 
 
 
 
「・・・・・・」
 
 
 
 
 
 
ルパンの顔がすっかり染まっていた。
 
言い返す言葉が見つからないらしい。
 
やっとの思いで
 
 
「そう」
 
 
と一言呟くとその本を次元の手から引ったくり
 
2階の自分の部屋に駆け上がっていった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
折り目がついていたページに載っていたある菓子の作り方。
 
ペンで材料や数字のところには、細々としたラインが引かれ
 
ページに挟み込まれた古びたカードには、小さく「Jigen」と書かかれていた。
 
 
 
 
 
 
ルパン。
 
 
 
 
 
 
オレがお前を避けていたあの日、本当はなんていいたかったんだ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
今度のバレンタインの日には珍しく甘いもんが喰いたいとでもいってみるかな。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
第3話
 
 
 
新しいアジトに越してきて数日後、新聞屋がきた。
 
頻繁に勧誘に来られるより、怪しまれない内さっさと取ってしまったほうがいい。
 
次元は勧誘の小僧に偽のサインを書き渡す。
 
小僧は契約がとれたお礼にと今日の朝刊と映画のチケットを渡した。
 
 
 
 
 
「ラブ・ストーリーですよ。奥さんと一緒にいかがです」
 
 
 
 
 
手馴れた世辞を幾つか並べた後、こちらはチケット会社からのサービスですと映画の特集をした本を渡した。
 
懐かしい名画の特集記事に、次元の開いたページをルパンも一緒に覗き込む。
 
あの映画はここが良かった、いや俺はこっちの方がいいと思うなど、互いに好き勝手な感想を言い合って楽しむ。
 
 
 
 
 
 
 
『七年目の浮気』で指を止めた次元にルパンは笑う。
 
 
 
 
 
 
 
―――――お前昔っからモンローが好きなんだよなあ。
オレはもちょっと刺激のある女の方がいいけどさ、グラマーだし、色っぽいし、清純でオツムのちょっと弱いとこが可愛いなんていう男多いのよね―――――
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
もしオレが本当の事をばらしたとしても、お前はオレを相手にはしないんだろうな。
 
次元の好みの女とはまるっきり違う。
 
そう思うと男同士でいる今のほうがずっと幸せなのかもしれない。
 
時々ルパンはそう自分に言い聞かせる。
 
 
 
 
 
次元の指が違うページで又立ち止まる。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
『勝手にしやがれ』
 
 
 
 
 
 
 
 
愛する女に裏切られる男の話。
 
次元が一番嫌いそうな話だ。
 
なのに次元を見るとモノクロの主演女優ジーン・セバーグの写真を、暖かい眼差しで見つめている。
 
モンローとは全く逆の極端に短い髪、少年のような面立ち。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「お前、ジーンセバーグなんて好きだったの?」
 
 
怪訝になったルパンは尋ねた。
 
 
「最近、好きになった」
 
 
「どうしたのよ。お前の好きなマリリン・モンローと違って全然グラマーでもねえし。
オレが昔ムッツリスケベってからかったら、痩せた女は女って気がしねえとか、言ってたくせに」
 
 
「華奢な女もいいと思えるようになったのさ」
 
 
「髪だって短くって男みたいでしょ」
 
 
「お陰でうなじの柔らかい線がよく見えるんだ」
 
 
「そんなに美人ってわけでもねえよな・・・」
 
 
「整いすぎた女より、表情の可愛さが引き立つんだよ」
 
 
 
 
 
 
 
やけにかばう。ルパンは少しムキになってきた。
 
 
 
 
 
 
 
「それにしても主演女優なんだからもっと色気のサービスあってもいいと思うんだけっど。服もシャツばっかで男を悩殺するみたいな女っぽい服着てるわけでもないのに、ここまでこの女にベタ惚れなんて、実際変わってると思わねえか、主人公のこの男」
 
 
「ああ、充分思ってる・・・・」
 
 
 
 
 
 
 
 
そこまで言うとルパンは、写真を見ながら話してるのが自分だけだと気が付いた。
 
 
 
目線をあげると次元がじっと自分を見つめていた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
次元の煙草を食んだ唇がルパンに近づく。
 
 
 
 
ここで目を閉じれば。
 
 
 
 
次元は煙草を口から外し、重苦しいルパンの秘密を遠くへ解き放してくれるだろう。
 
この映画の男の様にルパン帝国からどういう仕打ちをうけようと、勝手にしやがれと。笑いながら。
 
何度も巡り合って来たその予感に、だがルパンは目を閉じないでいる。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
やがて次元は苦笑いすると、煙草を外しルパンの唇に挿した。
 
次元の濡らした煙草がルパンの中で絡みつく。
 
次元はそのまま、晴れた海岸で待つ射撃場に出かけた。
 
 
 
 
 
 
なんで急にジーン・セバーグが好きだなんて言い出したんだ次元。
 
 
それはまるで別の言葉のように心を惑わす。
 
 
 
 
 
 
 
 
こうして口移しにくれる、次元の煙草に感じる
 
 
 
あやうい気分にも似て・・・・・。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
煙草の煙は揺らぎながら、今日も消えていく。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
END.
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
ジーン・セバーグって絶対ルパンと似てると思う。本棚を見るとその人となりが判るとはよく言いますが、今ならパソの「お気に入り」もそうでしょうな。コルトのお気に入りはほぼル受けサイトで埋められています 2005.5.21
 

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