2      愛のフォルテシモ2
 
 
 
 
「待たせたな」
 
 
鐘の音に混じる野太い声にルパンは顔を上げた。
 
黒いジャケットを灰色の砂埃に染めて次元がテーブルへと近づいてきた。
 
 
「ひでえ格好だが、許してくれ。なんせ国境の砂漠をおんぼろジープですっとばして来たん・・・だ・・・」
 
 
そこで次元の言葉は詰まる。
 
薄明かりに浮かぶ赤い背中を目印に進んできた男は、それがジャケットの色ではないことを悟る。
 
 
「・・・・」
 
 
次元は目の前の赤いドレスのルパンにかけるべき言葉を探す。
 
恋人として付き合い始めてから半年経つが、ルパンのこういう冗談は昔からよくあった。
 
こういう場合、男同士としてつきあってきた時と同じ態度をとって良いものか。
 
戸惑う男を前に、ルパンは思わず見つめられる上半身の胸元を、両手を重ね合わせて隠した。
 
互いの目を合わせ沈黙する二人だったが、その空気に気づいた周りの客が不審そうにこっちを見ている。
 
 
「さあてっと、では改めて今年初の祝杯といきますかぁ」
 
 
唐突にルパンはおどけた仕草でその両手を打ち鳴らすとウインクをしてみせた。
 
 
「ああ」
 
 
その様子に救われ、安堵ともためらいともつかぬ息を吐くと、次元は椅子を引き、どさりと腰を下ろした。
 
ルパンはボーイを呼び、受け取ったメニューを次元に差し出しながらワインの栓を開封させる。
 
そばかすの目立つ青年のボーイは、汚れた背広の男と、女の服を着た男という取り合わせに強張った顔で素早く栓を抜く。
 
大股で厨房に戻ると他の従業員を呼び、ひそひそ耳打ちしあう。
 
 
「ア・ハッピーニューイヤー次元ちゃん。仕事の、成功を祝って」
 
「乾杯」
 
 
次元とルパンは互いのグラスを傾け、口付け代わりに軽く淵を重ねた。
 
涼やかで高い音色が中のワインを揺らした。
 
次元はワインを飲みながら、時々帽子のひさしからチラチラとルパンの服を眺める。
 
再び二人の間に無言が訪れる。
 
ルパンはややあって「ええと」とひっくり返った声を出した。
 
 
「あ、そうそう。こいつもね、眺めながら食事すっともっと美味しいかなーーって、持って来てたりなんかしちゃったりなんかして」
 
 
膝の上のハンドバックをそそくさと開き、ナザロフの邸から盗み出した「双子のルビー」を取り出した。
 
二人の間に穏やかな、嗅ぎ慣れた普段の空気が戻ってくる。
 
 
「改めて見るとすげえな」
 
 
次元も満足気にテーブルに並べられたそのひとつを手にし、天井のランプに翳す。
 
ルビーの血の色はたちまち青ざめたマリンブルーの光を体内に浸した。
 
 
「こいつは二つないと意味をなさねえんだ」
 
 
ルパンも片割れの宝石をポンと軽く手の平で弄ぶ。
 
 
「ナザロフの奴、悔しがってるんじゃねえか」
 
「なあに。奴は今銭形に捕まって檻の中だぜ。当分出て来れねえでやんしょ」
 
 
次元が口角をあげて笑いをしたためると、ルパンも悪戯めいた笑みで返す。
 
銭形はナザロフを捕らえ、密売組織ごと検挙した。
 
まだ捕らえられていない仲間もいるようだが、組織は塵尻になってしまい、しばらく回復する見込みは薄いはずだ。
 
 
 
 
 
ボーイが料理を運んできた。
 
それを見てルパンはバックに、次元は自分の背広のポケットに目立たぬように片割れを隠す。
 
ボーイの姿が見えなくなるとルパンはもぞもぞと尋ねた。
 
 
「どう」
 
「どうって」
 
「・・・・ちょっとは女の子に見える?」
 
 
ようやく疑問を解く糸口を掴んだ次元が問う。
 
 
「ん・・・・む・・・ま、まあな。ところで、そいつにはどういう意味があるんだ」
 
「恋人ごっこ」
 
「は?オレ達はもう付き合ってるじゃねえか」
 
 
次元は不思議そうに言うと、目の前に出された料理をおもむろに掻き込み始めた。
 
決闘の後で空腹なのだろう。
 
わき目も振らずあっという間に次々に皿を空にする。
 
 
「失礼します」
 
 
水を持った若いウエイトレスが順にテーブルを回ってきた。
 
次元が一気に飲み干し空にしたコップに水を注ぐ。
 
金髪がかったブルネットの長い髪は丁寧に編み込まれ、抑えた色調のピンで留められている。
 
豊かな胸が次元の正面で揺れて、視界からルパンを遮った。
 
次元の目はコップから胸にあがり、そして女の美しい顔へと移る。
 
 
「ごゆっくり」
 
 
ウエイトレスはにっこりするとジャスミンの香りを漂わせて次のテーブルへ移動する。
 
次元はその後をしばらく目で追っていた。
 
ルパンは膝の上のドレスをギュッと摘まんだ。
 
やっぱり、男の格好をしてくれば良かった、と思う。
 
そうすれば女に手馴れたデートの誘いでもかけ、この男のこういった姿を見なくて済むからだ。
 
だが、今女性の姿をしているルパンにはその手段は使えない。
 
胸に溢れる黒い塊が痛みと共に唇を突いて出た。
 
 
「女の子をこんっなに待たせるなんて、だあからお前は女にもてねえんだ」
 
 
周りに聴こえない程度の小声でルパンは次元に棘を刺す。
 
 
「女にしちゃあ、いつも男みてえだけどな」
 
 
ルパンの膨らませた白い頬を次元は楽しげに見やった。
 
また嬌声がきこえた。
 
ルパンと次元は同時に同じ方を振り向く。
 
奥のカップルが食事を終え帰り支度をしていた。
 
酒に酔った女が男の腕にしがみついている。
 
男は一輪挿しの薔薇を女の手に握らせると、その腰を抱いてレジ・カウンターへと進んでいった。
 
ルパンは腕を組んで歩く二人から目を逸らした。
 
胸の塊は更に痛みを増していた。
 
 
「それに。大体女を待たせた日にゃお詫びに花の一輪でもいいから持ってこようって気にはなんないの?」
 
「へ?よせよ今更。照れるだろうが」
 
 
芯から嫌そうな、しかし当然予想出来た返事にも、ルパンは「恋人ごっこ」を止めようとはしない。
 
 
「あのねえ、次元。これでもオレ一応女装してんだぜ。1時間も待たせて、お前が来ない間、酔っ払いにナンパされでもされたら、どーーする気だったのよ」
 
 
次元の顔はぽかんとしたまま、ルパンのすねた顔を凝視する。
 
 
「ぶははっ・・・」
 
 
続いて堪え切れずに抑えていた笑いが出る。
 
塗りのはみ出た口紅。強い香水。男性のような口調にアンバランスなドレス。
 
ルパンは女に変装するのは上手くても、こと単なる女装では勝手が違うらしい。
 
それが、何とも訳が解らず可愛らしく可笑しい。
 
 
「いや、悪いが、そんな心配ならいらねえ。第一、お前強ええだろ。そんなチンピラの一匹や二匹、簡単にのしちまえるだろうが」
 
 
ルパンはそれ以上何も言えなくなった。言い返せる言葉がもうない。
 
代わりにウエイトレスの運んできた次元のコップを引き寄せ、内側へ指先を下ろすと爪先で水面を弾く。
 
ぴしゃりとそれは恋人の汚れたスーツと鼻先に掛かった。
 
 
「ぷはっ。つめてっ」
 
「馬鹿っ!」
 
 
ルパンは立ち上がると、出口に向かって歩き出した。
 
 
「お、おい待て。怒ったのか」
 
 
次元は慌ててルパンの細い背中を追う。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
次元が通路でルパンを捉えたとき、窓の外の月明かりが急に翳った。
 
鈍いプロペラのエンジン音がレストラン内の壁を揺らした。
 
次元はルパンの肩に手を置いたまま聞き耳をたてる。
 
ルパンもまたそれを振りほどこうと次元の手にかけた手をじっと握り締めている。
 
バー・カウンターのバーテンはシェイカーの振りを止めた。
 
カウンターに置いたグラスの中の氷がカランと動く。
 
「地震?」と呟いたのはレジの傍らで男を待つ女だ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
窓からヘリコプターの黒い影が大きな烏の様によぎった。
 
羽が旋回しながら窓辺で立ち止まる。
 
店内にサーチライトが照らし出され、月明かりに銃口が光った。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「1」は長すぎるから二つに割ったつもりが、それでも長いので3つに割ってしまいました。前回、大晦日というめでたい時にも関わらず偶然にも悲劇っぽい〆方になっちまいまして、これでは正月早々暗い気分にさせてしまうと続きを早めに書いて出したのですが・・・やっぱり明るい終わり方ではない(爆)正月もう過ぎてるし。ところで、今回の萌えは「ベタベタのベタな古典的王道少女漫画パターンをお約束としてとことん詰め込んで連射連発してみたらどうなるか」を一度試してみたいと思ったのが発端です。なのでこう見えても半分はギャグです。下地があの公式ですからベタにはベタのパロディでお返ししたかった。奥の席にいるバカップルなんて、現実社会でいい加減ムカつくバカップルを思い出しながら書いてみました(苦笑)ルパンが女装下手なのはミス・マリーさんから。完璧な変装なら女にも上手く化けられるのに、何故普通の女装はこうなんだろうと^^;次元も同じ気持ちでいるんじゃないかなと思ったまでです。
 
2006/01/04
 

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